映画の処方箋

Vol.217

『イントゥ・ザ・ウッズ』

ソンドハイムの最高傑作を豪華映画スターたちの競演で。

 昨年の『ラ・ラ・ランド』大ヒットで、ミュージカル映画に新たな注目が集まっている。ミュージカル映画の歴史は古い。30年代にトーキー映画の発明で、映像が音を持つようになって以来、ミュージカルは最高のエンターテインメントとして映画界に君臨してきた。だが、最近は卓越した才能が必要なミュージカルは、派手なスペクタクル映画より作るのが難しくなり、ときおりミュージカル映画が表舞台に登場しても、『レ・ミゼラブル』のような、ヒット舞台をそのまま映像化したような作品が多かった。そんな風潮に風穴を開ける目的で作られたのが『ラ・ラ・ランド』で、ミュージカル俳優にはとても見えないライアン・ゴズリングとエマ・ストーンを主演に据えた、映像先行型の映画オリジナル・ミュージカルで、その革新的な試みが(歌やダンス・ナンバーよりも)見どころなのだった。

 今回紹介する『イントゥ・ザ・ウッズ』は、ブロードウェイのヒット・ミュージカルの映画化だし、監督はブロードウェイの演出家だったロブ・マーシャルなので、これこそ王道のミュージカルだと断言したいところなのだが、創造主が鬼才スティーヴン・ソンドハイムなので、出来上がった作品は『ラ・ラ・ランド』以上に革新的である。

 舞台はおとぎの国、森のそばに善良なパン屋の主人(ジェームズ・コーデン)と女房(エミリー・ブラント)が住んでいた。二人には子供がおらず、隣に住む魔女(メリル・ストリープ)から、ミルクのように白い牛、血のように赤い頭巾、トウモロコシのように黄色い毛、金色に輝く靴を揃えれば呪いが解けて子供ができると教えられる。母親(トレイシー・ウルマン)の言いつけで、ミルクの出ない白い牛を売りに行くジャック少年(ダニエル・ハッスルストーン)、おばあちゃんに会いに行く赤ずきん(リラ・クロフォード)、継母と姉たちの意地悪でお城の舞踏会に行けないシンデレラ(アナ・ケンドリック)、まだ見ぬ恋人を求める兄の王子(クリス・パイン)と弟の王子(ビリー・マグヌッセン)も、それぞれの願いを胸に森の中へと入っていき、パン屋の主人は牛を連れたジャック少年に出会い、牛と魔法の豆を交換し、赤ずきんはオオカミ(ジョニー・デップ)に出会い、シンデレラは母親の墓に願ってドレスと金色の靴を手に入れ、お城の舞踏会に出かけて兄の王子に出会い、弟の王子は高い塔に閉じ込められたラプンツェル(マッケンジー・マウジー)に出会う…。

 題名のInto the Woodsとは“森の中へ”という意味で、森とは運命の象徴である。<ジャックと豆の木>、<赤ずきん>、<シンデレラ>、<ラプンツェル>のそれぞれの主人公とパン屋夫婦は、森の中でそれぞれの願いを叶え、“めでたしめでたし”となる。このミュージカルが面白いのは“めでたしめでたし”のその後を描いているところだ。子供が授かったパン屋の夫婦は、今度は立派な家が欲しくなり、シンデレラはお城の生活が退屈になり、ジャックはまた空の上に登りたくなる。そこに巨人の女房が天から降りてきて、おとぎの国をメチャクチャに踏みつぶしてしまう。さて、主人公たちは運命にどう立ち向かうだろうか?

 ミュージカル<イントゥ・ザ・ウッズ>は日本でも上演されていて、私は初演の舞台を見たことがある。パン屋の夫婦が小堺一機と高畑淳子、赤ずきんが神田沙也加で、ソンドハイムの歌曲の難しさに驚いたのを覚えている。2004年のことだった。ところが、映画『イントゥ・ザ・ウッズ』で英語版を初めて聞いて、文字通り、目からウロコが落ちた。ソンドハイムのウィットに富んだ歌詞と、台詞の抑揚に合わせたメロディーを日本語に移すことは不可能なのだ。歌とダンスを芝居で繋ぐ普通のミュージカルと、芝居そのものを歌にしてしまうソンドハイム・ミュージカルとは根本的に違うのだ。

 スティーヴン・ソンドハイムは1930年に富裕なユダヤ人家族の一人息子として生まれた。家庭的には不幸で、両親の離婚後、母親に引き取られたが、冷たい母親を憎んで育った。ソンドハイムの皮肉な人生観はこのときに培われたものだろう。少年の頃からブロードウェイ・ミュージカルに親しみ、<南太平洋>、<王様と私>など数々のミュージカルの名作を作詞したオスカー・ハマースタイン2世に師事した。27歳のときに、レナード・バーンスタイン作曲の<ウェストサイド物語>の作詞を担当し、一躍有名になる。<ウェストサイド物語>はミュージカルの名作だが、詞と曲が魔法のようにマッチングした、ソンドハイムらしい作品という意味では<イントゥ・ザ・ウッズ>の方がはるかに上だと私は思う。物語のわかりやすさ、テーマの深さにおいて、ソンドハイム・ミュージカルの最高傑作と言っていいのではないだろうか。

 映画版では、メリル・ストリープ、エミリー・ブラント、クリス・パインら、豪華映画スターたちの歌の実力が楽しめる。オオカミ役で特別出演したジョニー・デップは、ティム・バートンの『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』に次ぐ2本目のソンドハイム作品である。

ライター 斎藤敦子のプロフィール

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