映画の処方箋

Vol.206

『戦場のメリークリスマス』

俳優としてのデヴィッド・ボウイを見る

 昨年1月10日に69歳で亡くなったデヴィッド・ボウイは、ロック界のスーパースターというだけでなく、俳優としても数々の映画に出演するマルチ・アーティストだった。彼の出演作として最も有名なのは、カルト監督ニコラス・ローグの『地球に落ちてきた男』だろうが、俳優としての彼の力量を知るには大島渚の『戦場のメリークリスマス』を見るのが一番だ。

 舞台は第二次大戦末期のジャワ島にある日本軍俘虜収容所。主人公は4人。日本語が出来るため、日本軍との連絡役を務めている英国陸軍中佐ジョン・ロレンス(トム・コンティ)、実質的に収容所を支配していた粗暴なハラ軍曹(ビートたけし)、所長のヨノイ大尉(坂本龍一)、そして軍法会議で死刑を宣告されたものの、ヨノイ大尉に救われて収容所に連れて来られた英国陸軍少佐ジャック・セリアズ(デヴィッド・ボウイ)だ。収容所では朝鮮人軍属のカネモト(ジョニー大倉)がオランダ兵を犯すという不祥事が起き、その措置をめぐって捕虜と日本兵との文化の対立が露わになる。さらに反抗的なセリアズの大胆な行動が日本兵と捕虜の間に波紋を広げていく…。

 原作は第二次大戦中、英国陸軍の情報将校としてオランダに派遣されたローレンス・ヴァン・デル・ポストがジャワの捕虜収容所での体験を基にして書いた小説<影の獄にて>で、終戦5年後のクリスマスの前夜“私”がロレンスを訪ね、ハラ軍曹の話をする<影さす牢格子>、翌朝ジャック・セリアズ(原作ではセリエ)の話をする<種子と蒔く者>、その夜ロレンスの話をする<剣と人形>の三部からなっている。『戦場のメリークリスマス』は第一部<影さす牢格子>と第二部<種子と蒔く者>を基にしているが、ヴァン・デル・ポストが意図した、東西の対立、戦時下での友情といったテーマには、大島監督らしいひねりが加えられている。ただし、映画が描く出来事は、ハラ軍曹がロレンスに“メリー・クリスマス”と叫ぶ場面も、セリアズがヨノイの頬にキスする場面も、驚くほど原作に忠実である。

 この映画の見どころは何と言ってもキャスティングの妙にある。特にデヴィッド・ボウイとビートたけしは、今はもう他の候補があったとは思えないくらいのはまり役であるし、ヨノイ大尉の坂本龍一を筆頭に、ジョニー大倉、内田裕也、三上寛といったミュージシャンを多く起用しているのは、プロの俳優の馴れた演技を嫌った大島監督らしいキャスティングである。

 この稿を書くために30数年ぶりに『戦場のメリークリスマス』を見直してみて、デヴィッド・ボウイの演技が素晴らしいことに改めて驚いた。クリストファー・ノーランの『プレステージ』を見たときにもニコラ・テスラ役のボウイの、スターとして身についた存在感だけではない、確かな演技力に感心したものだが、『戦場のメリークリスマス』のセリアズ役からは、原作を読み込んできっちり演技作りをしたことが見てとれた。才能だけではなく、努力の人でもあったのだと思う。今となっては主演作が少ないのが惜しまれる。

 さて、『戦場のメリークリスマス』がカンヌ映画祭に出品された1983年は、私が初めてカンヌに足を踏み入れた年であり、強烈に印象に残っている。日本から乗り込んできた戦メリ組は、上映前からパルム・ドールを獲った気で鼻息が荒かった。ただ、コンペティション部門にはアンドレイ・タルコフスキーの『ノスタルジア』とロベール・ブレッソンの『ラルジャン』という2本の傑作があり、このどちらかがパルム・ドールになるだろうと私は密かに思っていた。が、蓋を開けてみれば、パルム・ドールを手にしたのは下馬評にも挙がっていなかった『楢山節考』の今村昌平だった。映画祭には魔物が潜んでいるのである。

 しかし、無冠に終わった『戦メリ』は、その後パルム・ドール受賞以上の大きな影響を残した。映画音楽に進出した坂本龍一が『ラストエンペラー』でアカデミー賞作曲賞受賞したのも、ビートたけしが映画監督北野武となって『HANA―BI』でヴェネチア映画祭金獅子賞受賞し、“世界のキタノ”になったのも、始まりは『戦メリ』なのだ。ジャック・セリアズの死がヨノイの心に種子を蒔いたように、『戦場のメリークリスマス』は日本映画界に確かな種子を蒔いたのである。

ライター 斎藤敦子のプロフィール

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