映画の処方箋

Vol.184

『her/世界でひとつの彼女』

鬼才スパイク・ジョーンズのセンスが光る近未来ラヴストーリー

 『her/世界でひとつの彼女』は進化した人工知能を搭載したコンピュータのOS(オペレーティングシステム)と孤独な男の恋愛を描いた奇妙な近未来ラヴストーリーである。

 主人公は手紙の代筆会社ハートフル・レター社に務めるセオドア(ホアキン・フェニックス)。見知らぬ他人のために心を込めた手紙が書ける彼だが、生身の人間を相手にするのは苦手。そんなとき、人工知能型OSが発明される。利用者の望み通りに進化するOSにサマンサ(声:スカーレット・ヨハンソン)と名付けたセオドアは、有能な彼女の助けを借りて自分の殻から抜け出し、妻キャサリン(ルーニー・マーラ)との離婚協議にも前向きに取り組めるようになる。セオドアとサマンサは、すぐ利用者とOSの壁を越え、恋人同士ともいえる関係に発展する。しかし、肉体のない彼女との恋愛は、はたしてどこへ向かうのだろうか?

 主演のセオドアを演じるホアキン・フェニックスは1974年生まれ。両親が新興宗教の信者だったため、布教活動中のプエルトリコで生まれ、中南米を転々として育った。5人兄弟のまん中で、兄が1993年に急逝したリヴァー・フェニックス、姉と2人の妹も俳優になった。映画デビューは86年の『スペースキャンプ』で、当時はリーフ・フェニックスと名乗っていた。一時芸能活動を休止したが、兄リヴァーの死を経て、95年にガス・ヴァン・サントの『誘う女』で活動再開。このときに名前を本名のホアキンに改めた。大きな注目を集めたのはリドリー・スコットの『グラディエーター』で、敵役の皇帝コモドスを演じてアカデミー賞助演男優賞にノミネート。05年『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』と12年『ザ・マスター』で2度主演男優賞にノミネートされ、今や押しも押されもせぬ実力派となった。

 セクシーなハスキー・ヴォイスを買われてタイトルロールの“彼女”を演じたのはスカーレット・ヨハンソン。なんとサマンサの声だけでローマ国際映画祭主演女優賞を獲得した。スカーレットと言えばビル・マーレイと共演した『ロスト・イン・トランスレーション』(監督はスパイク・ジョーンズの元妻ソフィア・コッポラ)だが、ウディ・アレン作品や、最近ではマーベル・コミックスの『アベンジャーズ』でのブラック・ウィドウ役でも知られる。

 セオドアを囲む3人の女たちには、親友エイミーに『ザ・マスター』でホアキンと共演済のエイミー・アダムス。元妻キャサリンに『キャロル』で今年のアカデミー賞助演女優賞にノミネートされたルーニー・マーラ。セオドアのデート相手にTVシリーズ「ドクター・ハウス」で注目され、70年代のニューヨークの音楽シーンの内幕を描いた新シリーズ「ビニール」が現在アメリカで放映中のオリヴィア・ワイルド。

 監督は『マルコヴィッチの穴』で長編デビューしたスパイク・ジョーンズ。1969年生まれの現在46歳、本名はアダム・スピーゲルという。『アダプテーション』、『かいじゅうたちのいるところ』などの監督作、『スリー・キングス』などの出演作の他、ビースティ・ボーイズ、ビョークを始めとする数々のミュージック・ビデオの監督としても知られる。

 スパイクというと、いつも初めて彼を見たときのことを思い出す。それは『マルコヴィッチの穴』が出品されたヴェネツィア映画祭で、記者会見場にテクノカットのような奇妙な髪形をした青年が両親を連れて現れ、彼が席に着くまで私はずっと映画祭を見学に来た学生か何かと思っていた。そのときのスパイクの素人っぽさと、ダサさすれすれの微妙なセンスは、彼の映画を見るたびに、どこかしら感じとれる。プロっぽく手慣れた映画とはまったく違う、スパイクの味だと私は思う。

 たとえば『her/世界でひとつの彼女』の場合、シャツの裾をハイウエストのズボンに入れてしまうセンスだ。原色を避けたパステル調の近未来のオフィスやハイテクタウンに、近未来人のちょっとダサいファッションが奇妙にマッチする。このセンスがスパイクなのだ。それは人工知能と人間との近未来の恋愛を描いていると見せながら、実は内気な男が妻との別れの痛手から回復するまでを真のテーマとする、新しくも古風な映画の立ち位置にも通じる。特に『her/世界でひとつの彼女』は、『マルコヴィッチの穴』や『アダプテーション』で組んだ脚本家チャーリー・カウフマンではなく、スパイク自身が脚本を書いただけに、彼のインティメイトな心情が込められた、よりスパイク度の高い映画なっている。必見。

ライター 斎藤敦子のプロフィール

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