映画の処方箋

Vol.166

『テンタクルズ』

ロジャー・コーマン以上の巨人(?)アソニティスによるB級パニック映画

 1975年に弱冠29歳の映画青年スティーヴン・スピルバーグが監督した『ジョーズ』が大ヒットすると、世界中のB級映画界にうごめくB級プロデューサー達がこぞって2匹目、3匹目のドジョウを狙い、世界中でサメやシャチが人を襲いまくる映画が氾濫することになった。『テンタクルズ』も、そんなドジョウ映画の1本で、製作は『エクソシスト』のパクリ映画『デアボリカ』で知られるB級映画界の雄オヴィディオ・G・アソニティス、監督のオリヴァー・ヘルマンもアソニティスである。

 『テンタクルズ』のテンタクルとは触手のこと。海洋王国の日本なら、触手が8本ならタコ、10本ならイカと決まっていて、それぞれにはっきりしたイメージ(と料理)があるが、西洋では触手の多い頭足動物をまとめてデヴィル・フィッシュ(悪魔の魚)と呼び、不気味なものとして怖れてきた。ジュール・ヴェルヌの冒険小説<海底二万里>で、ノーチラス号を襲った巨大なイカがその例で、映画はこのイメージを踏襲している。

 カリフォルニア州の浜辺のリゾートで赤ん坊やヨットマンが襲われ、骨髄まで吸いとられた骸骨と化して発見されるという不思議な事件が連続して起こる。ロバ―ズ保安官(クロード・エイキンズ)は捜査の糸口さえ発見できずにいるが、新聞記者のネッド・ターナー(ジョン・ヒューストン)は、沖合で行われているトンネル工事用の実験が原因と疑い、海洋学者のウィル(ボー・ホプキンス)に海底調査を依頼する。トロージャン・トンネル建設会社の社長ホワイトヘッド(ヘンリー・フォンダ)は、実験の影響を警告するネッドの記事を読んで、現場責任者コーリー(チェザーレ・ダノーヴァ)を呼び注意するが、コーリーは試験を続行。さらにトロージャン社のダイバーが謎の生物に襲われて死亡するなどの事件が多発する。海底を調査したウィルは、トロージャン社が違法に流している高周波が生物にダメージを与えたのではないかと推測する。その頃、子供を対象にしたヨットレースにネッドの妹ティリー(シェリー・ウィンタース)の息子トミーが参加することになるが…。

 海洋パニック映画としての『テンタクルズ』の勝因と敗因は、何といってもタコを選んだことにある。亜流ジョーズ映画とはひと味違う亜流映画を、と思ったアソニティスのプロデューサー感覚は正しい。たしかに巨大なタコは不気味だし、サメとは違う味がある。が、人を締め付けて殺すタコは、腕や足を食いちぎって海水を血で染めるサメと比べて迫力も凄惨さもいまいちだし、動きにスピード感がないところが辛い。それでも、海上にタコが頭だけを出したところとか、海底に逆さになったマグロが林立しているところとか、B級映画特有の変におかしな場面が楽しめる。

 アソニティスはエジプト生まれのギリシャ人。不思議な経歴の持ち主で、60年代にはタイ、フィリピン、香港、マレーシアなどを中心に大量の映画を製作・配給している。香港のショーブラザーズ、日本の日本ヘラルドや東宝東和と組んでいることから、彼の会社がどんな性格だったか推測できるだろう。『テンタクルズ』はアメリカのAIPと組んだ映画で、ジョン・ヒューストン、シェリー・ウィンタース、ヘンリー・フォンダという大物(だがギャラは安かったはず)を揃えられたのも、そのあたりに秘密がある。

 監督としての才能はともかく、プロデューサーとしての才覚は確かで、『殺人魚フライングキラー』でジェームズ・キャメロンを監督デビューさせたのはこの人だ。ちなみに、『殺人魚フライングキラー』の原題は『ピラニア2』と言い、ロジャー・コーマン製作ジョー・ダンテ監督『ピラニア』の続編である。アソニティスはその後、キャノンの重役になり、イタリアの巨匠ディノ・リージの名作『女の香り』をアメリカでリメイクした『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』を製作してもいる。

 東南アジアでの活躍をプラスして考えると、ある意味、ロジャー・コーマン以上のB級界の巨人と言えるかもしれない。

ライター 斎藤敦子のプロフィール

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