映画の処方箋

Vol.163

『日本独占!第68回カンヌ映画祭授賞式ライブ(再)』

フランス圧勝、イタリア無冠の釈然としない幕切れ

 5月24日夜7時(現地時間)から始まった授賞式、今年は日本人ダンス・グループやジョン・C・ライリーのパフォーマンスでショーアップ。さすが有料テレビ局カナル・プリュスの創設者ピエール・レスキュールが新プレジデントになっただけあると感心していたら、受賞結果は意外の連続、最後に審査員長のコーエン兄弟がパルム・ドールを「ディーパン」と発表すると、プレス席で大きなブーイングが起こった。

 ジャック・オディアールに四度目の正直でパルム・ドールをもたらした『ディーパン(原題)』は、スリランカ内戦で反政府ゲリラとして闘った男が主人公。内戦終結後、身分を偽り、偽の家族を連れてフランスに逃亡し、郊外の荒れた団地の管理人になるが、ギャングの抗争に巻き込まれ、家族を守るために再び闘うことになる。

 未知の領域に入れられて才能を発揮する男というのは2009年にグランプリを受賞した傑作『預言者』と同じ構造だが、作品の出来は遙かに劣る。にもかかわらず、パルム・ドールを受賞したのは、社会問題化している不法移民を扱ったことが評価を上げたと言われた。

 実際に批評家の間で最も高評価だったのはホウ・シャオシェン(侯孝賢)の『黒衣の刺客』で、以下、トッド・ヘインズの『キャロル(原題)』、ジャ・ジャンクーの『山河故人(原題)』、ナンニ・モレッティの『私の母(原題)』、ラズロ・ネメスの『サウルの息子(原題)』などが続く。

 侯孝賢10年ぶりの新作『黒衣の刺客』は唐代の伝奇小説の映画化で、高貴な生まれながら、女刺客として育てられたスー・チーが、親の決めた許婚者で今は地方の国主として権勢を振るうチャン・チェンを殺すよう命じられて苦悩する。妻夫木聡がスー・チーの危機を救う遣唐使の青年役で出演。台湾・中国・日本でロケし、製作に10年近い歳月を費やし、やっと出来上がった武侠映画(武術や任侠を扱った娯楽作)は、キン・フーの武術映画とも香港アクション映画ともまったく違う、隅から隅まで丹精込めて作られた、美術品のような時代劇だった。

 今年最大の発見はグランプリを受賞した『サウルの息子(原題)』だろう。監督のラズロ・ネメスはブダペスト生まれの38歳で、名匠タル・ベーラの助監督だった人。第二次大戦終結直前のアウシュビッツ強制収容所を舞台に、囚人でありながら同胞のユダヤ人をガス室で殺し、死体を処理する仕事をさせられている男の苦悩を描く。克明に再現された大量殺戮の現場は見ていて辛くなるほどだが、長編デビュー作とは思えない迫力と完成度だった。

 ネメシュは「シネフォンダシオン」出身だが、「ある視点」出身の2監督もそれぞれ受賞した。1本は審査員賞のヨルゴス・ランティモスで、2009年に『籠の中の乙女』である視点賞を受賞。その『ロブスター(原題)』は、カップルでないと生きられない未来社会を舞台に、妻を亡くし、再婚相手を探すために施設に入れられたコリン・ファレルが、45日以内に相手を見つけられないとロブスターに変えられてしまうという不条理劇。もう1本は2012年に『父の秘密』である視点賞を受賞したミシェル・フランコの『クロニック(原題)』で、訪問看護師のティム・ロスを主人公に、家族以上に親身になって患者を世話する男が心に抱えた空虚さを描いて脚本賞を受賞。ネメシュ、ランティモス、フランコと並べてみると、カンヌ出身の才能を優遇しようという映画祭の意志のようなものを感じる。

 私がパルム・ドールと予想した『キャロル(原題)』は想像以上に素晴らしい出来だったにもかかわらず、ルーニー・マーラの女優賞に留まり、評価の高かったナンニ・モレッティも、パオロ・ソレンティーノも無冠で受賞ゼロだったイタリアに対し、フランスは『市場の法(原題)』のヴァンサン・ランドンが男優賞、『私の王様(原題)』のエマニュエル・ベルコが女優賞と、パルム・ドールと合わせて3賞を占めた。コンペティションにフランス映画が5本入ったのも釈然としなかったが、3賞も獲って、さらに釈然としない今年の幕切れだった。

ライター 斎藤敦子のプロフィール

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