映画の処方箋

Vol.157

『エターナル・サンシャイン』

恋人たちの汚れなき心に光あれ

この世に“せつない映画”というジャンルがあるなら、『エターナル・サンシャイン』こそ1番先に選ばれるべきだと私は思う。

物語はこんな風に始まる。どこといって取り得のない平凡な男ジョエル(ジム・キャリー)は、冬の寒々とした浜辺で、とびきりキュートなクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)に出会う。髪を奇抜な色に染めた積極的で気まぐれなクレメンタインにすっかり魅了されるジョエル。だが、始めはうまくいっても、性格の違いから、ちょっとしたことで喧嘩になってしまう。そんな頃、ジョエルは“クレメンタインはジョエルの記憶をすべて消した”という不思議な手紙を受け取る。その手紙を出したのは、記憶を消す施術を行うラクーナ社という会社だった。ジョエルはラクーナ社を訪れ、自分もクレメンタインの記憶を消してくれるよう依頼する。けれども、その施術の過程で、楽しかったクレメンタインとの思い出が次々に蘇り、彼女がいかに大切な人であったかを悟ったジョエルは、消えていく記憶の中からクレメンタインを救い出そうとする…。

物語はシンプルだが、構成が凝っている。脚本は『マルコヴィッチの穴』でジョン・マルコヴィッチの脳の中に入り込み、『アダプテーション』で自分自身の分身を創造し、『脳内ニューヨーク』でニューヨークの中にニューヨークを作り出すという奇抜な発想で知られるチャーリー・カウフマン。監督はMTV出身で『ヒューマンネイチュア』で監督デビューしたミシェル・ゴンドリー。『ヒューマンネイチュア』では100%カウフマンの世界を映像化するだけだったゴンドリーだが、今回は“別れた恋人の記憶を消す”というアイデアを提供しており、これ以後、カウフマンとは別の道を歩むきっかけとなった映画でもある。

主演はジム・キャリーとケイト・ウィンスレット。脇役にキルステン・ダンスト、イライジャ・ウッド、マーク・ラファロ、トム・ウィルキンソンら。特にジム・キャリーが得意のおふざけ演技を封印し、内気で平凡な男ジョエルを等身大に演じている姿に感動する。ケイト・ウィンスレットは当時サム・メンデスとの間の子を出産したばかりだったが、さすがの演技力だし、キルステン・ダンスト、イライジャ・ウッド、マーク・ラファロのラクーナ社3人組のアンサンブルが楽しい。これはスタート、カットをかけずに俳優に自由に動き回らせ、その場でカメラマンに指示を与えて撮影するゴンドリー式演出の成果だろう。

ここから少しネタバレになるが、映画の冒頭、2004年のバレンタイン・デーの朝、モントークの浜辺でジョエルがクレメンタインと出会い、ふたりでチャールズ川に夜のピクニックに出かけ、凍った川面に寝そべって星座を見る、このアヴァンタイトル(映画の題名が出て来るまで)の場面の時制に仕掛けがあって、映画を見た後ではまったく違った意味を持って見えてくるはずだ。1度見ただけではよく分からない細かな仕掛けもいろいろ施されているので注意。時制を解く鍵の1つはクレメンタインの髪の色にある、と言っておこう。

さて、映画は一応ハッピーエンドで終わるが、ふたりが相手の記憶を消したいと思うほどの決定的な決裂にいたった経緯は示されていない。あれほどロマンチックな時間を過ごした恋人たちが、なぜ喧嘩別れするのか。記憶を消してもなお残る思いが、再びふたりを引き合わせる。けれども、それはまた新たな決裂の始まりなのかもしれない。そこがせつない。

題名の“エターナル・サンシャイン”はクレメンタインが愛唱する18世紀の英国詩人アレクサンダー・ポープの詩<エロイーズからアベラールへ>の一節から。汚れなき心を持つ恋人たちに光りあれ、と。

ライター 斎藤敦子のプロフィール

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