映画の処方箋

Vol.155

『地上(ここ)より永遠(とわ)に』

60年前にアカデミー賞8部門を制した名作は今でも新しい

 アカデミー賞月間ともいえる今月は、過去の受賞作を見て、賞の変遷について考えてみるのも面白いだろう。それに最適な1本が、フレッド・ジンネマンの『地上(ここ)より永遠(とわ)に』で、1953年に作品賞・監督賞を始めとする8部門を受賞した。もちろんその年の最多受賞作だ。

 舞台は真珠湾攻撃前夜のハワイ。まだ戦争の影もない1941年の秋、オアフ島のスコフィールド兵舎のG中隊にプルーウィット二等兵(モンゴメリー・クリフト)が転属してくる。中隊長のホームズ大尉(フィリップ・オーバー)はボクシングの対抗試合に勝って名声を得ることに熱心で、さっそくミドル級のチャンピオンだったプルーを自分のチームに勧誘するが、前年、スパーリング中に誤って親友を失明させた彼は二度とボクシングをしないと申し出を断り、隊の下士官たちから陰湿なイジメを受けるはめになる。一方、大尉から中隊の仕事をすべて任されているウォーデン一等曹長(バート・ランカスター)は優れた下士官でありながら、大尉の妻カレン(デボラ・カー)と道ならぬ恋に落ちてしまう。隊内で孤立するプルーの友人は元の隊で一緒だったマジオ(フランク・シナトラ)だけだったが、マジオはデブという仇名の軍曹(アーネスト・ボーグナイン)といざこざを起こし、瀕死の重傷を負う…。

 ここで軍隊の階級制について一言。軍隊は士官・下士官・兵卒から成るが、士官になれるのは士官学校を出た者か高等教育を受けた者に限られている。叩き上げの兵が昇進できるのは下士官(最高位は一等曹長)までで、つまりウォーデン曹長とホームズ大尉の間には越えられない階級の壁があるのだ。

 原作はテレンス・マリックの『シン・レッド・ライン』で知られるジェームズ・ジョーンズの同名小説。彼がハワイのスコフィールド兵舎で兵役を送ったときの体験を基にし、軍隊の不条理や差別を赤裸々に描いた群像劇で、第二次大戦勝利の後、まだ軍隊が聖域と考えられていた1951年に出版され、たちまちベストセラーとなった。題名はラドヤード・キプリングの詩の1節、“道に迷った大英帝国の兵たちは、ここから永遠に呪われるだろう”から取られている。

 監督のフレッド・ジンネマンは、戦争孤児になった少年の心を米兵が癒す『山河遙かなり』、戦争で半身不随になった帰還兵を描いた『男たち』、赤狩りの恐怖を西部劇に置き換えた『真昼の決闘』など、社会派映画で知られる名匠。ただし、単なる社会派ではなく、社会的なテーマを上質なエンターテインメントに仕立てる監督であって、その好例がドゴール大統領暗殺を描いた『ジャッカルの日』だろう。この作品も原作の多彩な人間模様をウォーデン曹長とプルー二等兵の2人に絞って、それぞれの恋愛を中心に描いているところが巧みである。特にこの映画を有名にしたのがバート・ランカスターとデボラ・カーの波打ち際のキスシーンで、40才のランカスターの引き締まった肉体美と32才のデボラ・カーの成熟した色気に圧倒される。

 ちなみにデボラ・カーはアカデミー賞主演女優賞に6回もノミネートされながら1度も受賞できなかった。本作でもノミネートされたが、『ローマの休日』で彗星のように現れた弱冠24才の新人オードリー・ヘプバーンに奪われた。また、モンゴメリー・クリフトも美貌と才能に恵まれた俳優だったが、4回ノミネートされながら1度も受賞できなかった。1966年に45才の若さで世を去った彼の悲劇的な人生は、現在<ホワイトカラー>のマット・ボーマー主演で映画化されている。

 映画トリビアとしては、当時、人気が下り坂だったフランク・シナトラが、マジオ役をやりたくてマフィアの友人に泣きついたというエピソードがコッポラの『ゴッドファーザー』に描かれて有名になった。監督のジンネマンによれば、当時シナトラ夫人だった大スターのエヴァ・ガードナーが撮影所長の妻に頼み込んだというのが真相だそう。ことの真偽はともあれ、その甲斐あって、シナトラは見事アカデミー賞助演男優賞を受賞、歌手だけでなくシリアスな演技者としてのキャリアを開拓することになった。

もっと見る

ライター 斎藤敦子のプロフィール

前へ次へ

HOMEへ戻る