映画の処方箋

Vol.154

『ミラクル・ワールド ブッシュマン』

ミラクルワールド・東宝東和

 東宝東和とは現在アカデミー賞5部門にノミネートした『博士と彼女のセオリー』を配給中の映画会社である。前身は東和商事といい、1928年に川喜多長政が創設、戦前から『制服の処女』、『自由を我らに』、『巴里祭』など、ヨーロッパの名作を輸入配給してきた、由緒正しい配給会社だ。が、今回とりあげるのは、1975年に東宝の傘下に入り、それまでの文芸路線から大胆に方向転換し、ジャッキー・チェンのカンフー映画やシルヴェスター・スタローンの『ランボー』シリーズといった名実ともなう作品ばかりでなく、『サスペリア』、『サンゲリア』といったB級ホラー映画を“こけおどし”の宣伝で次々にヒットさせ、映画ファンの伝説となった70年代半ばから80年代にかけての東宝東和である。

 1970年代半ば、ハリウッド映画の配給は20世紀フォックス、ワーナーといったメジャー映画会社の日本支社が行っていた。ベトナム戦争の末期で、ハリウッド映画界は長い低迷期を抜け、かつての輝きを取り戻そうとしていた頃だ。74年にはスピルバーグの『JAWS/ジョーズ』が大ヒット、77年にはルーカスの『スター・ウォーズ』がSF映画の世界をまったく変えてしまう、そんな時代、独立系配給会社である東宝東和は、大手の強力な映画網から漏れた映画を拾い出してヒット作を生み出していった。

 1977年の『サスペリア』は“決して一人では見ないでください”というキャッチコピーと、ショック保険(恐怖で死んだ観客に1000万円の保険金を支払う)という、おどろおどろしい宣伝でスマッシュ・ヒット。この路線は、『サンゲリア』、『バタリアン』といった、原題とはまったく関係ない邦題(4、5文字で濁音とンが入る)をつけたB級ホラー映画に踏襲され、次々ヒット。『バーニング』は、夏のキャンプ場で巨大なハサミを持った殺人鬼が学生たちを次々に襲うという、単純なスプラッター映画だが、「全米で緊急指名手配。これが恐怖の殺人鬼、噂の“バンボロ”だ」という、よくわからないコピーでヒットさせた。今ではホリー・ハンターのデビュー作として知られる本作は、のちにプチ・メジャーに成り上がるワインスタイン兄弟のミラマックス社第1回作品でもあった。

 『オルカ』は、『にがい米』、『道』といった超一流の名作から『キングコング』『コナン・ザ・グレート』といったB級テイストの娯楽作まで幅広く手掛けた名プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスの製作。『JAWS/ジョーズ』のサメをシャチ(学名オルカ)に置き換えた動物パニック映画で、理由なく人間を襲ったサメに対し、オルカは妻子を殺されて人間に復讐する、という風にちょっとひねってある。リチャード・ハリス(のちのダンブルドア校長)演じる老漁師との対決が見どころで、名匠エンニオ・モリコーネの美しい音楽が叙情を盛り上げる。

 1979年にジャッキー・チェンがゴールデン・ハーベスト社に移籍したのをきっかけに、東和商事時代からゴールデン・ハーベスト社と繋がりのあった東宝東和が配給権を獲得、『プロジェクトA』、『スパルタンX』、『ポリス・ストーリー』といったジャッキー最盛期の傑作を配給。また、マリオ・カサールとの繋がりで、シルヴェスター・スタローンの代表作となった『ランボー』3部作や、『ターミネーター2』以降のシリーズも配給している。

 誇大広告そのものの宣伝で映画ファンに「夢」を与えた東宝東和の“ミラクルワールド”は、日本がバブル期に入り、日本企業が大胆にもハリウッド進出を始める頃に終焉を迎える。1981年に大ヒットした『ブッシュマン』が、88年の続編では『コイサンマン』に改められたように、宣伝にもポリティカリー・コレクトな表現が求められる時代になった。けれども、ジョージ・A・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』をダン・オバノンが勝手に続編にした『リターン・オブ・ザ・リビング・デッド』が、東宝東和の手にかかると『バタリアン』に変身するような、添加物たっぷりのB級テイストの宣伝にはファンの心を掴んで放さない禁断の味があった。映画そのものより、あの手この手で客の興味をひき、楽しませようとする宣伝屋の熱意に感動する、そんな東宝東和配給の名作駄作の数々をぜひ。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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