映画の処方箋

Vol.141

『シャーロック・ホームズ』

謎の黒魔術師と名探偵が対決する世紀末のロンドンとは。

 シャーロック・ホームズといえば今は設定を21世紀のロンドンに移し、ベネディクト・カンバーバッチがタイトル・ロールを演じるBBC制作のテレビ・シリーズ『SHERLOCK』だろうが、ヴィクトリア朝の名探偵に新たなルックを与え、現代に蘇らせたといえば、まずはガイ・リッチーが監督し、ロバート・ダウニー・Jrとジュード・ロウがホームズとワトソンを演じた2010年版の『シャーロック・ホームズ』を挙げねばなるまい。

 映画の舞台は原作と同じ19世紀末のロンドン。名探偵シャーロック・ホームズ(ロバート・ダウニー・Jr)と相棒のワトソン医師(ジュード・ロウ)は、ロンドン警視庁のレストレード警部(エディ・マーサン)の依頼で、5人の女性を殺した連続殺人犯を追っていた。黒魔術の儀式で6人目の犠牲者を血祭りにあげようとしていた犯人のブラックウッド卿(マーク・ストロング)を逮捕し、事件は一件落着した。が、処刑されたはずのブラックウッド卿が墓場から蘇ったという知らせが届く。ブラックウッド卿の棺には、アイリーン・アドラー(レイチェル・マクアダムス)が捜索を依頼した失踪人ルーク・リオドンの死体が入っていた。蘇ったブラックウッド卿の真の狙いとは何か?

 公開時に見たときには話がいまいちよくわからなかったので、この稿を書くにあたって、ガイ・リッチーの解説付きでもう一度じっくり見直してみた。そして、リッチーがホームズ・ビジョンと名付けた独特の演出法が、わけのわからなさの元凶だったということに気づいた。ホームズ・ビジョンは、賭けボクシング場でホームズが大男をぶちのめす場面に登場する。ホームズが頭の中で考えた動きが、1秒3000コマ(通常は24コマ)という超高速度撮影で撮られた映像でスロー再生されるのがそれだ。その後、リオドンという男の捜索を依頼に来たアイリーン・アドラーを尾行し、彼女に捜索を指示した謎の男、実はモリアーティ教授に会うところを目撃する場面にも使われる。ホームズの天才的な頭脳の動きをスローで表現するわけだが、この部分が私にはいまいちしっくりしないのだ。見ていると面白いが、ストーリー的には同じ部分を天才と凡人の視点で2度繰り返すことになるので、もたつく元凶になっているような気がするのだ。まあ、ガイ・リッチーにとってはストーリーの流れよりスタイル、ということなのかもしれないが。

 しかし、この映画が非常に贅沢な作り方をしているということが改めてよくわかった。BBC版『SHERLOCK』にはない、その最大の魅力とは、原作と同じ19世紀末のロンドンを舞台にしていること、それも可能な限り現地でロケしているところだ。クライマックスの建設中のタワーブリッジはもちろんセットだが、このタワーブリッジを始め、地下鉄や鉄道駅、街灯など、近代的な都市のルックはすべてこの時代に作られた。それはイギリスがいち早く産業革命を成功させ、世界をリードしていたことと無関係ではない。産業の近代化と都市の近代化は密接に結びついている。急速に社会が近代化した結果、進歩についていけない負の部分が影のように片隅にふきだまっていった。ロンドンのイーストエンドで起こった切り裂きジャックによる連続猟奇殺人事件、神智学教会の設立や降霊術などのオカルティズムへの傾倒がそれで、『シャーロック・ホームズ』で、科学を基に推理するホームズと黒魔術を操るブラックウッド卿が対決するのは、まさに世紀末でしかない設定だと思う。ちなみにホームズの生みの親であるドイルも晩年は心霊主義に傾倒していったという。中世と近代がきしみを起こしていたのが世紀末のロンドンだったのだ。

 もう1つ、映画の中に登場するテンプル第七修道会とはテンプル騎士団の一派のフリーメーソンということ。テンプル騎士団とはダン・ブラウンの<ダ・ヴィンチ・コード>の大ヒット以来、再び脚光を浴びている中世の十字軍で、フリーメーソンが出自を結びつけることが多い。長崎のグラバー園で有名な貿易商のグラバーも一説にフリーメーソンといい、彼が維新の志士を援助したり、日本の近代化に力を貸したりしたのをフリーメーソンの世界侵略の一環と考えると、第七修道会を掌握し、いずれは世界征服をというブラックウッド卿の遠大な野望も、あながち荒唐無稽と笑えなくなるだろう。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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