映画の処方箋

Vol.135

『ツリー・オブ・ライフ』

時を超えたファミリー・ムービー

『ツリー・オブ・ライフ』は伝説的な名監督テレンス・マリックの5本目の長編で、2011年のカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した。

主人公は成功した実業家ジャック(ショーン・ペン)。彼はテキサス州ウェイコで過ごした少年時代を振り返る。父(ブラッド・ピット)と母(ジェシカ・チャスティン)と2人の弟と共に過ごした無邪気な日々。父から音楽の才能を受け継いだ弟は19歳で死んだ。子供には厳格だが、実社会では挫折した父。信仰深く優しい母。自分はどこから来て、どこへ行くのか。ジャックの心に様々な思いが去来する…。

“ツリー・オブ・ライフ”、生命の樹とは、聖書ではエデンの園の中央に植えられた木のことで、この実を食べると永遠の命を得られると言われる。神話では崇拝の対象となった聖なる木、宇宙樹のこと、生物学では生命の進化の関係を表す系統樹のことを言う。マリックはこれらの意味を様々に変奏して使いながら、1本の“生命の樹”を映画で形作っていく。

何しろ宇宙の誕生から死後の世界まで、くらくらするほど広大な時間(キューブリックの『2001年 宇宙の旅』みたいだ)が扱われているのにはびっくりだが、映画のテーマは掴みどころのない悠久の時間ではなく、そのほんの刹那を生きる人間の私的な悩みである。理不尽に叱る父親への反発、ギターの巧い弟への嫉妬、女性への興味の芽生え。大人になってから初めて分かる父親の苦悩、弟を失ってから感じる後悔、思い出の中に浮かび上がる家族の姿。悠久の時を超えたファミリー・ムービーが『ツリー・オブ・ライフ』だと言ったら当たらずとも遠からず、かも。

テレンス・マリックは1943年生まれ。ハーヴァード大学で哲学を学び、オックスフォード大学に留学し、ドイツの哲学者ハイデガーを研究するものの、帰国後、映画に転身したという変わり種。74年の初監督作『地獄の逃避行』で注目され、2作目の『天国の日々』で79年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞するも、すぐ映画界を引退。20年間沈黙を守った後、98年に『シン・レッド・ライン』でベルリン映画祭金熊賞を受賞して復活、という伝説的な人物である。

実は『ツリー・オブ・ライフ』は2010年のカンヌ映画祭に出品されると言われていたのだが、完成が間に合わず、1年後の2011年にエントリーした。公開時期を考えるなら秋のヴェネツィア映画祭かトロント映画祭を選ぶだろうに、もう1年待ったのにはカンヌ映画祭がパルム・ドールを約束したからではないかと噂された。こういった密約説が浮上するのはマリックが初めてではなく、私が知っているだけで何度かある。だが、受賞から3年経って『ツリー・オブ・ライフ』を見直してみて、映画のスケールの大きさと完成度の高さに、改めてパルム・ドールは当然だったなと思った。マリックは編集に時間をかけるので有名な監督だから、1年くらい編集に費やしても不思議はないし、カンヌ映画祭にとってマリックは『天国の日々』で監督賞を獲った縁があり、『シン・レッド・ライン』はベルリン映画祭に取られたので、今度はぜひうちでと申し出たとしても不思議はない。噂の出どころは、こんなことだったのではないだろうか。むしろ、こういった普通の映画の範疇に収まらない、映画という枠を広げるような野心的な作品に正しくパルム・ドールを与えたことがカンヌ映画祭らしいと思った。

冒頭にヨブ記が引用されているように、この作品には“信仰のゆらぎ”という日本人の苦手なテーマがあるのだが、だからといって難しい映画にはなっていない。私は、親しい人を亡くしたときに感じる命のはかなさを1つの形にした映画だと思う。頭で理解するのでなく、心で感じる、美しい映画である。


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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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