映画の処方箋

Vol.127

『インセプション』

夢という迷路の奥には愛という名の怪物が住んでいる。

『インセプション』は、前作『ダークナイト』の世界的大ヒットで注目されたクリストファー・ノーラン監督の7本目の長編映画で、驚異的な映像でセンセーションを巻き起こした。今回この作品をとりあげようと思ったのは、話題作であることはもちろんだが、正直に告白すると、公開時に見てよく分からなかったところをもう1度見直してみたいと思ったことも大きい。今回も隅々までよく分かったとは言えないが、とても面白い映画であることは改めて確認できた。

ストーリーはシンプルだ。主人公のコッブ(レオナルド・ディカプリオ)は他人の意識(=夢)に潜入し、アイデアを“エクストラクション”(抽出)する、エクストラクターと呼ばれる産業スパイである。彼は大物実業家サイトー(渡辺謙)から、ライバル社の御曹司フィッシャー(キリアン・マーフィー)の潜在意識に侵入し、“父親が築いた巨大企業を潰す”というアイデアを“インセプション”(挿入)する依頼を受ける。一度は断ったコッブだが、妻殺しの容疑で追われた祖国へ帰らせることを条件に引き受ける。困難な作戦のため、コッブは世界中からスペシャリストを集める。相棒アーサー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)を右腕の“ポイントマン”に、恩師で義父のマイルズ教授(マイケル・ケイン)から推薦された女学生アリアドネ(エレン・ペイジ)を“設計士”に、イームズ(トム・ハーディ)を“偽装士”に、ユスフを“調合士”に選び、結果を見届けたいというサイトーを加えた6人でフィッシャーの夢に潜入する。が、夢の中でいきなり武装集団に襲われ、サイトーが重傷を負う。フィッシャーは、産業スパイの侵入を防ぐために潜在意識を武装化する訓練を受けていたのだ。しかも、コッブには死んだ妻モル(マリオン・コティヤール)に関する秘密があり、意識下に封印された彼女が夢の中に現れ、作戦を妨害し始める…。

クリストファー・ノーラン監督によれば、『インセプション』は“夢の世界を映画にする”をコンセプトに10年ほど前から温めていた企画で、映画製作の合間にシナリオを書き足しながら構想を膨らませていったものと言う。映画に登場する驚異的なイメージは、監督自身が実際に見た夢を映像化したもので、とすると冒頭のサイトーとコッブが出会う浜辺の城が崩れる場面や、パリの街が立ち上がり、まるで1枚の紙のように折れる場面もノーランが見た夢なのだろう。エッシャーのだまし絵の階段を再現した場面なども、凝り性のノーランならではの素晴らしさだと思う。

映像は文句なく面白いのにストーリーが分かりにくいのは、まるでマトリョーシカのように、夢の中に夢があり、そのまた夢の中に夢があるという3層構造になっているうえ、層が深まるほど時間が長くなり(現実の10時間が1層目では1週間、2層目では半年、3層目では10年という設定)、3層の夢と3つの時間軸が(おそらく意図的に)迷路のように組み合わされているからだ。夢というものはそういうものだ、と言われればその通り。それでもストーリーがシンプルに思えるのは、コッブと妻モルの愛がすべての核になっているからだ。

ギリシャ神話では、迷宮に閉じ込められた怪物ミノタウロスを殺したテセウスは、アリアドネの糸をたどって迷宮を脱出した。逆に『インセプション』では、コッブはいくらアリアドネが現実へ連れ戻そうとしても聞く耳を持たず、妻を求めて夢という迷宮の奥深く入っていく。迷宮の奥で待っているのが妻であろうと怪物であろうと、その行為こそがコッブにとって究極の愛の形なのだ。出世作『メメント』もそうだったが、クリストファー・ノーランの描く愛は、時間と空間を超越している。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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