映画の処方箋

Vol.124

『アーティスト』

映画のエッセンスがいっぱいに詰まったコメディ

2011年のアカデミー賞で作品・監督・主演男優など5賞をとってハリウッドを制した『アーティスト』だが、サイレント映画であるだけに、授賞式の壇上で監督のミシェル・アザナヴィシウスが口を開くまで、この作品がフランス映画であることを知らなかったアカデミー会員が多かったのではあるまいか。最新技術を使った最先端の映画ばかりが注目されるこの時代に、今では博物館でしかお目にかかれそうもない、白黒のサイレント映画を撮ろうとした彼の大きな賭けが報われた瞬間だった。

物語はごくシンプル。無声映画の大スター、ジョージ・ヴァランティン(ジャン・デュジャルダン)は、トーキー映画の到来を受け入れられず、自力で作った大作が大コケし、破産する。スターの座を追われ、妻や仲間も去り、残るは忠実な運転手クリフトン(ジェームズ・クロムウェル)と愛犬(アギー)だけ。落ちぶれたジョージに手をさしのべたのは、かつてはエキストラ、今は大スターになったペピー(ベレニス・ベジョ)だった…。

映画は誕生のときにはまだフィルムにサウンドトラックをつける技術が発明されておらず、音を持っていなかった。だからサイレント映画(無声映画)と呼ばれた。だが、音がまったくなかったわけではなく、『アーティスト』で描かれているように、劇場でオーケストラが演奏したり、日本では弁士が説明したりしていた。けれども、俳優のしゃべる“声”が画面から聞こえるようになる、トーキー映画の誕生は1927年の『ジャズ・シンガー』から。『アーティスト』の始まりが、まさにこの『ジャズ・シンガー』によって映画界がコペルニクス的転換を迎える年なのだ。

トーキーへの移行はフィルムがデジタルに変わる以上の大変革で、この時代を乗り越えられずに没落するジョージのような映画人は多かった。ジョージのモデルとなった“快男子”ダグラス・フェアバンクスがまさにそうだし、グレタ・ガルボの相手役として有名なジョン・ギルバートも甲高い声が嫌われて消えていった。逆に、音を売りものにした新しい娯楽としてミュージカル映画のジャンルが生まれ、タップダンスのフレッド・アステアが花形スターになった。ジョージがタップを武器に復活するのも、この辺の事情を踏まえている。サイレントからトーキーへの変換の時代を舞台にした傑作が『雨に唄えば』だ。『アーティスト』でミッシー・パイルが演じている声の悪い大女優コンスタンスは、『雨に唄えば』でデビー・レイノルズが歌を吹き替える大女優ジーン・ヘイゲンのパロディで、ミッシーは容姿も演技もジーンそっくりに演じている(実は二人とも歌が大得意な女優さんであるが)。こんな、映画好きが見ると、思わずにんまりするような仕掛けがあちこちに施されているのもこの映画の楽しいところだ。

『アーティスト』は2011年のカンヌ国際映画祭のコンペティションに出品され、ジャン・デュジャルダンが男優賞を獲得しているが、実はコンペティションに出品予定だった作品がキャンセルになったための繰り上げ当選だった。その運がアメリカまで持ち越してアカデミー賞主要5賞の受賞となるのだから、運も才能のうちと言えるかもしれない。ミシェル・アザナヴィシウスはリトアニアからのユダヤ系移民の3世で1967年生まれ。ジャン・デュジャルダンはフランスの舞台・テレビで活躍するコメディアン。ベレニス・ベジョはアルゼンチン生まれのフランス育ち。アザナヴィシウス夫人でもあり、アスガー・ファルハディの新作『ある過去の行方』で2013年のカンヌ国際映画祭女優賞を獲得するなど、シリアスな演技にも定評がある。そして、忘れられない名演を見せたジャックラッセルテリアのアギーも、カンヌ映画祭パルム・ドッグ賞に続き、2012年に誕生した第1回ゴールデン・カラー賞(カラーは首輪のこと)を受賞した。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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