映画の処方箋

Vol.116

『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』

“鉄の女”の本当の涙とは?

マーガレット・サッチャーとは、英国初の保守党党首となり、1979年から1990年にかけて英国初の女性首相となった歴史上の偉人である。“鉄の女”という称号は、保守党の中でも右派だった彼女の強硬姿勢に対してソ連の国防省が与えたもの。その名の通り、労働組合の力を削ぎ、国有企業を民営化し、規制緩和、金融改革などを独裁すれすれの強いリーダーシップで断行、その政策は“サッチャリズム”と呼ばれた。彼女を、財政赤字を解消し、英国経済を救った救世主的とする高評価がある一方で、低所得者層や移民層を切り捨てていった血も涙もない政治家という悪評も根強くあり、死後もなお、アンビバレントな、問題の多い人物である。

そんな彼女を主人公にした『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』は、メリル・ストリープに2度目のアカデミー主演女優賞をもたらし(助演女優賞を入れると3度目)、存命中の女優の中で最高の実力者であることを証明した作品でもある。監督は『マンマ・ミーア!』のフィリダ・ロイド。女性監督らしく、内面から彼女の足跡に迫ろうとしているのが特徴で、特に印象的なのがオープニングだ。政界を引退し、老いたサッチャー(メリル・ストリープ)が近所のコンビニ店に新聞と牛乳を買いに行く。牛乳の高さに目を丸くし、家に戻って夫に愚痴を言う。しかし、それは彼女の想像の中の出来事で、夫のデニス(ジム・ブロードベント)は数年前に他界し、今の彼女はロンドンの豪邸で秘書と護衛に守られながら孤独に暮らしている(事実、2000年頃から認知症を発症し、夫が死んだことも忘れるほどだったという)。ロイドは、老いたサッチャーと、彼女にだけ見える幻の夫との会話を通して、“鉄の女”と呼ばれた女性宰相の人生をドラマチックに振り返っていく。

彼女自身も彼女の政策も好きになれなかった私だが、メリル・ストリープ演じる老いたサッチャーには、強権を持って他を圧する独裁者ではなく、妻であり、母である一人の女性としての温かみが感じられた。メリルがこの役を演じたことは、サッチャーを“鉄の女”ではなく、血の通った人間として記憶するという意味でアカデミー賞以上に意義があることだったかもしれない。

ロイド版の『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』には故意に彼女の政治家としての側面(つまり、“鉄の女”の政策面)がそぎ落とされている。彼女がどのように保守党を掌握し、首相の地位に上りつめ、どのように権力を失っていったか。サッチャリズムと言われた彼女の政治が1980年代のイギリスをどのように変えていったか。それを知るには、もう1本の映画、アラン・バイロンのドキュメンタリー『マーガレット・サッチャー 鉄の女の素顔』を見るに限る。同級生、生前から何度もインタビューしたジャーナリスト、同僚政治家たちへのインタビューから、彼女の時代を振り返る作品だが、私が注目したのは、サッチャーの顔の変化だった。雑貨屋の店主で市長だった父を尊敬し、優秀な女学生だった彼女が、当然のように政治家を志し、持ち前のリーダーシップを発揮して、保守党党首から首相へと上りつめていく。それにつれて、優等生の女学生が野心満々の女性政治家の顔になり、政権が長びくと、まるで独裁者のそれのように頑固で頑なになっていく。一番の見所は1990年に党首選に敗北して辞職する際に見せる“涙”である。フィリダ・ロイドの映画にはない、本物のサッチャーの涙とは、人生初の挫折に対する悔し涙だった!マーガレット・サッチャーを好きな人も嫌いな人も、この“鉄の女の涙”には様々な思いをかき立てられるに違いない。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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