映画の処方箋

Vol.114

『12モンキーズ』

時間と記憶とクリス・マルケル。

モンティ・パイソンの創設メンバーでイラストレーターのテリー・ギリアムが映画監督に転身してから、最初にして最大の難関が『バロン』の興行的な失敗だった。ギリアムの豊かすぎる想像力を映像に移し替えるには天文学的な製作費が必要になる。芸術としての映画と商業的な成功との相克が露わになった瞬間だった。この相克は今にいたるまでギリアムを悩ませ続けるのだが、とりあえず『バロン』後の窮地を救ったのが、『フィッシャー・キング』と『12モンキーズ』の興行的成功だった。

『12モンキーズ』の舞台は未来の地球。1997年に死の細菌によって50億の人類が死に、生存者は汚染された地上を捨てて地下に逃れた。科学者たちは強靱な精神を持つ人物を選んで過去へ送り、地球の崩壊をくい止める方法を探ろうとしていた。その実験の被験者に選ばれたのが、並外れた記憶力を持つ囚人ジェームズ・コール(ブルース・ウィリス)だった。ところが、1996年に行くはずが誤って1990年のボルティモアへ送られたコールは、狂人扱いされて精神病院へ送られ、そこで完全に頭のキレた精神病患者ジェフリー・ゴインズ(ブラッド・ピット)と、どこか懐かしい精神科医キャサリン・ライリー(マデリーン・ストー)に出会う。未来に戻ったコールは、細菌を撒き散らした犯人が“12モンキーズ”という集団で、動物解放協会を隠れ蓑にしていると知らされる。改めて1996年にタイムスリップしたコールは、講演会帰りのキャサリンを誘拐し、彼女の車でフィラデルフィアの動物解放協会に向かい、そこで“12モンキーズ”の首謀者がジェフリー・ゴインズで、彼の父親が世界的な細菌学者だったことを知るが…。

心を病んだ主人公、終末思想、異次元空間、夢など、いかにもギリアム的な世界が登場するが、彼のオリジナルではなく、原作がある。それがフランスの映像作家クリス・マルケルのSF映画『ラ・ジュテ』である。

“ラ・ジュテ”とはフランス語で桟橋のこと。特にこの作品ではオルリー空港の送迎デッキを指す。未来へ生き延びる方法を探るために過去にタイムスリップした男が運命の女性と出会う、というストーリーは『12モンキーズ』とほぼ同じ。ただし、オリジナルは全編が黒白のスチール写真で構成されていて、どこか過去のニュース画像を思わせる作品になっている。それは、クリス・マルケルが第二次大戦中はレジスタンス活動に身を投じ、死と隣り合わせで生きた経験があることと無関係ではないだろう(Markerというのはレジスタンス時代の暗号名である)。

昨年7月29日に91歳で亡くなるまで、クリスは一貫して左翼の活動家であり、旅する映像作家だった。“映画は死を記録する”というゴダールの言葉があるが、多くの運動の末路を目撃してきたクリスは、自分の撮った映像が二度と戻らない時間の記録であることを誰よりも切実に知っており、ゆえに彼の作品は常に時間と記憶がテーマになっていた。『ラ・ジュテ』がSF映画でありながら、過ぎ去った時間への苦いノスタルジーに満ちているのはそのためだ。

逆に、テリー・ギリアムの『12モンキーズ』は、現在という時間を無邪気なまでに信頼している。科学者たちもコールも、未来が来ることをどこかで信じていて、それゆえ生への渇望に溢れている。そこがマルケルとギリアムの決定的に違う点である。

『12モンキーズ』で特筆すべきは、嬉々として狂人を演じるブラッド・ピットの軽さで、それが映画のトーンを明るくしている。彼以上にいいのが、アクション映画でのタフガイぶりとはがらりと趣を変えたブルース・ウィリスの深みのある演技だろう。もちろん、『めまい』のキム・ノヴァクと化すマデリーン・ストーも。

結局、クリス本人に感想を聞きそびれてしまったけれども、『12モンキーズ』もまた、『めまい』同様、取り戻せない愛への哀惜に満ちた悲しいラヴ・ストーリーになっていて、クリスもきっと出来映えに満足していただろうと私は思う。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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