映画の処方箋

Vol.100

「ダークナイト」

ヒース・レジャーの怪演に圧倒される新生『バットマン』第2作

ご存知のように『バットマン』は、ティム・バートンとジョエル・シューマカーが作り上げた大ヒット・シリーズだった。その最後の作品『Mr.フリーズの逆襲』から8年後、クリストファー・ノーランが新シリーズの監督を引き受けたと聞いたときも、第1作となる『バットマン・ビギンズ』が公開されたときも、いったいノーランが『バットマン』を使って何がしたいのかが正直言ってわからなかった。しかし、第2作となる『ダークナイト』を見て、ど肝を抜かれた。そこには、旧シリーズのアメコミ的な戯画された世界が完全に払拭され、近未来を見透かしたような、超リアルな劇場型犯罪社会が活写されていたからだ。題名からもバットマンの名が消え、ノーランの目指した新たな『バットマン』シリーズが誕生していた。

舞台は、前作『バットマン・ビギンズ』から9か月後のゴッサム・シティ。バットマン(クリスチャン・ベール)は、ゴッサム市警のゴードン警部(ゲイリー・オールドマン)と、新任の地方検事ハービー・デント(アーロン・エッカート)に協力し、放射線で印をつけた紙幣を使って資金洗浄のルートを絶ち、マフィアの一斉摘発に乗り出す。逮捕を逃れたボスたちの前に、顔にピエロの化粧を施した謎の男ジョーカー(ヒース・レジャー)が現れ、全財産の半分を差し出すことを条件にバットマンの殺害を持ちかける。一方、バットマンは、デント検事の正義感を本物と信じ、自分の正体を明かして恋人のレイチェル(マギー・ギレンホール)と結婚し、引退しようと考え始める。その頃、マフィアのボスたちを味方につけたジョーカーは、残忍で冷酷な犯罪を重ねながら、バットマンを追い詰め、悪の道に引き入れようと企てる…。

『ダークナイト』の見どころは、もちろん悪の権化ジョーカーを演じたヒース・レジャーにある。それまでのハンサムな好青年のイメージをかなぐり捨てた、精神がねじれた悪の権化を怪演し、主役であるはずのバットマンをすっかり食ってしまった。撮影直後の悲劇的な死も、彼とこの作品を特別なものにしている。

ヒース・レジャーが亡くなったのはちょうど5年前、2008年1月22日で、その前年のヴェネチア映画祭で彼が主演の1人を務めた『アイム・ノット・ゼア』が審査員特別賞を受賞し、アメリカからとんぼ返りした彼が、監督のトッド・ヘインズの代わりに賞を受け取ったのを現地で見ている。そのときの気さくで明るい彼を知っているので、ジョーカー役に入れ込みすぎたのが薬物の過剰摂取の原因となったという説を私は信じない(現在は、当時服用していたインフルエンザの薬と睡眠薬の併用が原因と言われている)。それにしても28歳の死は若すぎる。『ダークナイト』を見れば、役に対する覚悟のすさまじさと、これからどんなにすばらしい演技を見せてくれたかが見てとれるだけに残念でならない。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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