映画の処方箋

Vol.097

「ヒトラーの贋札」

収容所という極限状態で人間を輝かせるもの。

ヒトラーとナチス・ドイツは映画に数多くの題材を提供した。『イングロリアス・バスターズ』のような、戦争映画のカリカチュアされた敵役から、『シンドラーのリスト』のような、人間の命を簡単に簒奪する悪魔の審判役まで。ステファン・ルツォヴィツキーの『ヒトラーの贋札』は、ナチスが強制収容所内に秘密の贋札工場を作り、贋札をばらまいて欧州経済を麻痺させようとしたという驚愕の秘密作戦に材をとったもので、実際に作戦に参加させられた印刷工アドルフ・ブルガーの手記<ヒトラーの贋札 悪魔の工房>(朝日新聞社刊)が元になっている。

映画『ヒトラーの贋札』の主人公は、仲間から“サニー”と呼ばれる贋作のプロ、サロモン・ソロヴィッチ(カール・マルコヴィクス)。戦争の足音が近づくベルリンで、偽の旅券や贋札を作って荒稼ぎしていたサロモンは、捜査局贋造紙幣課の刑事ヘルツォーク(デーヴィト・シュトリーゾフ)に逮捕され、やがてユダヤ人犯罪者として強制収容所送りになる。絵の才能を生かして何とか過酷な収容所生活を生き延びたサロモンは、さらにザクセンハウゼン収容所へ送られることになる。そこには、ヒムラーの命令で作られた贋札作りの工房があり、今は親衛隊長となったヘルツォークの指揮で贋札作りが行われていたのだ。サロモンは、反戦ビラを印刷していた左翼活動家の印刷工アドルフ・ブルガー(アウグスト・ディール)、美学校の後輩のロシア人コーリャ(セバスチャン・ウルゼンドウスキー)らと、特別待遇を受けつつも、英国ポンド紙幣の贋札作りを命じられる。彼らが生きるために贋札を作らねばならないが、贋札が出来れば戦争を長引かせ、同胞を苦しめることになる。贋札を作って生きのびようとするサロモンたちと、作戦を阻止しようとするアドルフが対立し、収容所内に緊張が生まれる。サロモンとアドルフ、いったいどちらが正しいのだろうか…。

脚本も担当した監督のルツォヴォツキーは、原作を大胆に改編、著者であるブルガーから贋札作りのサロモンに焦点を移し、二人を対立させることでテーマを深めようとした。表の世界では、贋札作りのサロモンは悪、あくまでナチに抵抗するブルガーは善である。ところが、生きのびることがすべての基となった収容所の中では、あくまで抵抗を主張するブルガーは、仲間から見れば困った存在でしかなく、そこで善悪の立場が逆転してしまう。素晴らしく頭のいい脚色だと思う。

私が注目したのは、画家崩れのしがない悪党だったサロモンが、美学校の後輩コーリャに出会い、彼を自分の分身と思って命を守ってやろうとするうちに、次第に仲間思いの立派な人間に変わっていくところ。このエピソードが映画全体をぐっと引き締めている。

主演のカール・マルコヴィクスは、テレビの『REX ウィーン警察シェパード犬刑事』のシュトッキンガー刑事役で知られるオーストリアのベテラン舞台俳優。アウグスト・ディールは、『イングロリアス・バスターズ』にもゲスト出演したドイツ映画界注目の若手俳優だ。監督のルツォヴォツキーは、本作で2007年アカデミー賞外国語映画賞を受賞した後、アメリカ映画に活動の場を広げ、エリック・バナ、オリヴィア・ワイルド主演の新作『デッドフォール』を完成したばかり。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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