映画の処方箋

Vol.094

「英国王のスピーチ」

スピーチの苦手な国王と治療士との歴史秘話

英国王室のスキャンダルといえば少し前はダイアナ元妃だったが、彼女より圧倒的に大きなスキャンダルを巻き起こした人といえば、人妻だったシンプソン夫人と恋に落ち、彼女と結婚するために王位を捨てたエドワード八世だろう。二人の物語はマドンナが『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』として映画化、11月には日本公開される。が、『英国王のスピーチ』の主人公は、そうした派手な話題を巻き起こす渦中の人ではなく、渦中の人に思いがけない被害を受ける側、エドワードのせいで青天の霹靂のごとく国王にならざるをえなくなった不運な弟アルバート、現国王エリザベス二世の父、ジョージ六世である。

英国王ジョージ五世の次男として生まれたアルバートは、幼い頃から言葉が遅く、X脚で左利きだった。父のジョージ五世は、王室に相応しい人間に育てようと、幼いアルバートに厳しい躾を施し、そのストレスで、かえって重度の言語障害に陥ってしまった。“プリンス・チャーミング”と呼ばれ、ハンサムで人気者だった兄の影で、ひときわコンプレックスが強かったろう二番手の弟。永遠の二番手のまま、ひっそりと終わったかもしれないアルバートの人生が激変したのが、兄エドワード八世の突然の退位だった。

映画は、ヨーク公アルバート(コリン・ファース)が、1925年、父ジョージ五世の命で大英帝国博覧会閉幕のスピーチを代読し、大失敗するところから始まる。あらゆる治療を試しても改善せず、業を煮やしたヨーク公夫人エリザベス(ヘレナ・ボナム=カーター)は、最後の手段としてオーストラリア人の治療士ライオネル・ローグ(ジェフリー・ラッシュ)の斬新な療法を試してみることにし、夫をローグの治療室へ送り出す。遠慮会釈ないローグの型破りなやり方でアルバートのコンプレックスが吐き出され、徐々に効果があがっていく。1936年1月、ジョージ五世が死に、兄エドワード八世(ガイ・ピアース)が王位に就くが、あくまでシンプソン夫人との結婚を望んで同年12月に退位、王位がアルバートに回ってくる。そして1939年9月、ポーランドに侵攻したドイツにイギリスは宣戦を布告。国王ジョージ六世は、動揺する国民に向かって最も苦手なスピーチをせざるをえなくなる…。

最初はローグの診療室で展開されるコリン・ファースとジェフリー・ラッシュの見事な演技合戦に目を奪われるが、しばらくすると、子供時代から強いストレス下で育ち、王族として、国王としてのプレッシャーに苛まれる、一人の人間としてのジョージ五世の苦悩が浮かび上がってくる。アカデミー賞主演男優賞を獲得したのも納得のファースの名演である(ラッシュも助演男優賞にノミネート)。

実は、ジョージ六世の治療記録はエリザベス妃(現英国女王の母、皇太后)が許可しなかったため、2002年の彼女の死後、やっと公表に至ったという。この映画は、こうして得られた新資料を基に脚色されている。しぶる夫の尻を叩いて治療を受けさせ、母として2人の娘を育て、暖かい家庭を築き、戦時中はバッキンガム宮殿が爆撃されても少しもひるまなかったというエリザベス。不運な国王ジョージ五世の幸運は、こんな強い女性を妻に持てたことかもしれない。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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