映画の処方箋

Vol.086

「ハート・ロッカー」

アカデミー賞初の女性監督による革新的な戦争映画。

2009年のアカデミー賞は、キャスリン・ビグローの『ハート・ロッカー』とジェームズ・キャメロンの『アバター』が9部門ずつノミネートし、“元夫婦対決”と話題になったが、結果として作品賞、監督賞、脚本賞など6部門を制したビグローが、アカデミー史上初の女性監督による作品・監督賞受賞の栄冠を手にした。授賞式後、負けたキャメロンがビグローを讃えていたのが印象的だったが、実は、ビグローに『ハート・ロッカー』の監督を引き受けるよう勧めたのはキャメロンだったと後から聞いた。この二人、結婚している期間は短かったにせよ、いまだに同志愛で結びついているのだなと微笑ましかった。キャメロンにとって、ビグローはベターハーフ(つれあい)というよりは、一種のアルターエゴ(別人格)なのかもしれない。

3DとCGの最先端技術を駆使して作られた製作費237億円の大作『アバター』が革新的な作品であるのと同様、製作費わずか11億円の小品『ハート・ロッカー』もまた、見事に革新的な作品である。主人公はイラク戦争に従軍中の爆弾処理班ブラボー分隊。爆死したトンプソン軍曹(ガイ・ピアース)に代わって、新たに爆弾処理の専門家ジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)が赴任してくる。ジェームズをサポートするのがサンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)とエルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)で。この3名で、敵か味方かわからない民間人に囲まれ、市街地の地面や車に仕掛けられた爆弾を処理するという危険な任務だ。除隊まで残り38日を無事に終えたいと思っているサンボーンだが、マニュアルを無視したジェームズの命知らずのやり方に反感を抱く。だが、砂漠の真ん中で遭遇した傭兵の一行が襲われたところを、力を合わせて切り抜けたことで、次第に打ち解け始める。ところが、ある日、テロリストの爆弾工場で、ベッカムという名のDVD売りの少年そっくりの死体を発見したジェームズは、危険を顧みずに単独で非戦闘地帯へ入っていくのだが、そのことがさらに危険を招く結果になる…。

題名の“ハート・ロッカー”とは、ベトナム戦争時代から使われている米軍のスラングで、“究極の苦痛にさらされる場所”という意味。イラクに取材に行った脚本のマーク・ボールが、現地で何度もこの言葉を耳にし、戦争の狂気を表すのにぴったりだと早くから題名に決めていたのだという。敵地で、民間人に紛れた敵を相手に闘うイラク戦争の危うさを、いつ爆発するかわからない危険物を処理する爆弾処理班に仮託して描いた脚本、それを映画化するにあたって、ビグローは戦場の兵士の視点で描ことに決め、全編ロケ(主な撮影地はヨルダン)で、複数の手持ちカメラでドキュメンタリーのように撮影した(撮影監督はケン・ローチ作品やポール・グリーングラスの『ユナイテッド93』で知られる英国の名手バリー・エイクロイド)。しかも、さすがビグローだと思うのは、冒頭、アメリカの中東問題専門家クリス・ヘッジズの“戦争は麻薬だ”という言葉を引いたところにある。

アメリカはベトナム戦争後、徴兵制から志願兵制に変わったので、アフガニスタンやイラクに出征した米兵は基本的に志願兵である。したがって、ベトナム戦争までの反戦映画と、以後の反戦映画は意味合いがまったく違う。ヘッジスの言葉は、それを見事に表していると私は思う。後半、除隊して故郷に帰ったジェームズが、生気を失った廃人のように見えるのは、戦争という麻薬が切れた状態だからだ。人を殺す戦争は怖ろしいが、人を殺す戦争に中毒してしまうことは、それ以上に怖ろしい。『ハート・ロッカー』は、ベトナム戦争以後の戦争を描いた映画として初めてアカデミー賞作品賞を受賞した作品だが、アカデミー会員が『アバター』より、この映画を選んだのには、大きな意義があったのだ。

映画の見どころは、何と言っても爆弾処理のキリキリするような緊張感だが、私が好きなのは、レイフ・ファインズ演じる傭兵の一団が待ち伏せにあって襲撃される場面だ。ジェームズとサンボーンが自然に観測手(スポッター)と狙撃手(スナイパー)に別れて反撃する、その一連の動きの自然さ、ビュッと空気を切って飛んでくる銃弾の音などの臨場感がすばらしいし、戦争の日常と、その裏返しの非日常が実にうまく描かれている。隅から隅まで一切手抜きなし、男以上に男らしいビグロー演出を堪能あれ。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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