映画の処方箋

Vol.084

「雨に唄えば」

今に残るハリウッド不朽のミュージカル。

今年のアカデミー賞を争った2本、『アーティスト』と『ヒューゴの不思議な発明』は、奇しくも同じ無声映画の時代をテーマにした作品だったが、この2本を見るまで、1927年に『ジャズ・シンガー』が登場する以前に映画が“声”を持たなかったことを知らなかった人も多かっただろう(記念すべき第一声が“お楽しみはこれからだ”You ain’t heard nothin’ yetである)。

トーキー映画の到来で映画界は天地がひっくり返るような大転換を迫られた。そんな時代のてんやわんやを(なぜか)無声映画として描いたのが『アーティスト』だったが、まったく同じテーマを60年前にミュージカル映画に仕立てていたのが、映画史に残る不朽の名作『雨に唄えば』である。

主人公は無声映画の大スター、ドン・ロックウッド(ジーン・ケリー)。ボードヴィルの世界から映画界に入った彼は、大女優リナ・ラモント(ジーン・ヘイゲン)の相手役に抜擢されてスターになった。ボードヴィル時代の相棒コズモ(ドナルド・オコナー)もピアノ弾きとして一緒に映画界に入った。当時は撮影中にBGMを演奏し、俳優の演技を盛り上げていた。何しろ無声映画なので、音は邪魔にならなかったし、当時はカメラマンがカメラのハンドル(クランク)を手で回しながら撮影していたので、撮影スピードを一定にするためにも音楽は有効だった。ちなみに映画の撮影開始を“クランク・イン”というのは、このことから派生した映画用語である。

表向きはスクリーンの外でも“熱々カップル”を演じているドンだが、本当は意地悪でキーキー声のリナに辟易。新作の公開記念パーティで出会った可愛いコーラスガールのキャシー(デビー・レイノルズ)に一目惚れ。そんなとき、『ジャズ・シンガー』の大ヒットでハリウッドに激震が走る。ドンとリナの新作『闘う騎士』も急遽トーキー映画に衣替えするが、スニーク・プレビューの観客はリナのキーキー声に大爆笑。一計を案じたドンとコズモは、『闘う騎士』をミュージカル『踊る騎士』として手直しし、キャシーにリナの声を吹き替えさせようと提案する…。

トーキーの出現で映画人は音を活かす方法を様々に模索した。その結果、新たに脚光を浴びたのがミュージカル映画で、歌って踊れることがスターの条件に加わった。50年代から映画はカラーの時代に入り、発色の鮮やかなテクニカラーを使った絢爛豪華なミュージカル映画が次々に製作されていく。そんな時代を牽引したのが、歌って踊れるうえに演出まで自分でやってしまう、不世出の天才ジーン・ケリーだった。

完璧主義者として知られるジーン・ケリーは、盟友スタンリー・ドーネンと共同監督を務めた『雨に唄えば』でも完璧を目指した。その厳しさには新人デビー・レイノルズはもとより、ドナルド・オコナーさえも泣かされたという。そんな彼が、腕によりをかけて振付けた素晴らしいダンス・ナンバー、主題歌“雨に唄えば”を始めとする名曲の数々。何度見てもうっとりする完璧な傑作である。

これだけ有名な作品だと逸話に事欠かないが、驚くのは、すべての楽曲が既にあったもので、映画のストーリーは歌詞に合わせて作っていったということ。もっと驚くのは、スクリーンのリナの演技を見ながらキャシーが吹き替えている場面で、実際にしゃべっているのはデビー・レイノルズではなく、ジーン・ヘイゲンだということだ(リナの声をキャシーが吹き替えている声をリナが吹き替えている? ああ、ややこしい!)。実はデビー・レイノルズの歌も一部は別の女優が歌っている(もちろん彼女自身が歌った曲もある)。この辺がいかにも“夢の工場”ハリウッドらしい裏話である。

さて、『雨に唄えば』でスターの仲間入りを果たしたデビー・レイノルズは、その後、歌手のエディー・フィッシャーと結婚し、2人の子を設けた。そのうちの1人が、のちに『スター・ウォーズ』のレイア姫となるキャリー・フィッシャーである。ハリウッド映画の伝統は今も続いているのだ…。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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