映画の処方箋

Vol.073

『クォ・ヴァディス』

聖夜に見るのにぴったり、虚実ないまぜになった歴史メロドラマ。

ハリウッドでは早くから聖書を題材にした歴史劇が1つの大きなジャンルを作っていた。『十戒』や『ベン・ハー』などがその代表で、『十戒』はセシル・B・デミルが無声映画時代に1度映画化し、トーキーになって彼自身でリメイク版を作っているし、『ベン・ハー』は1957年にウィリアム・ワイラーがチャールトン・ヘストン主演で映画化し、アカデミー賞最多11部門を受賞する前に、無声映画時代に2度映画化されている。

歴史劇というジャンルを生んだのはアメリカよりもイタリアの方が早く、ハリウッド映画の美術に大きな影響を与えた。ハリウッドとの合作もその頃から行われている。『クォ・ヴァディス』も最初に映画化されたのはイタリアだったし、51年のリメイク版もイタリアとの合作で、古代ローマの町並みはチネチッタ撮影所に建てられたセットだし、冒頭のローマ軍が凱旋してくるアッピア街道は実際に現地でロケしたものである。

原作はポーランドのノーベル賞作家ヘンリク・シェンキェヴィチが1895年に発表した歴史小説。題名は新約聖書<ヨハネによる福音書>に出てくる聖ペトロ(ペテロ)の言葉だが、シェンキェヴィチの小説は、キリスト教徒の迫害から逃れてローマを後にしたペテロの前にイエスが現れ、引き返すようにうながす<ペトロ行伝>の伝承を下敷きにしている。

舞台は西暦64年、暴君と呼ばれた皇帝ネロ(ピーター・ユスティノフ)の治世下のローマ。ブリタニア遠征から帰ったローマ軍の隊長マーカス・ヴィニキウス(ロバート・テイラー)は、ローマの滞在先である元将軍プラウティウスの屋敷で美しい娘リジア(デボラ・カー)を見初める。リジアはリジア王の娘で、国を滅ぼされた後、プラウティウス家に預けられ、我が子同様に育てられていた。マーカスは叔父ガイウス・ペトロニウス(レオ・ゲン)から、リジアは帝国の人質なので、皇帝に遠征勝利の褒美として譲り受ければよいと助言を受ける。ところがリジアを連れていく途中で、彼女を献身的に守る巨人ウルシスらに奪い去られてしまう。リジアを捜してローマの街へ出たマーカスは、キリスト教徒の秘密の集会でリジアを発見、彼女がキリスト教徒であることを知る。そんなマーカスだったが、次第にリジアを本気で愛するようになり、リジアも自分の気持ちに気づく。そんなおり、皇帝ネロは新しい宮殿を建てるためにローマの街に火をつける。それをキリスト教徒のせいにして捕らえて虐殺し、民衆の怒りを逸らそうとするのだが…。

主演のロバート・テイラーは40年代の代表的な美男スターで、監督マーヴィン・ルロイ、共演ヴィヴィアン・リーの『哀愁』は、今も悲恋映画の傑作と言われている。『クォ・ヴァディス』はテイラーが40歳のときの作品で、ローマの将軍として戦車競争をこなすなど、それまでの二枚目役からアクションスターへの脱皮を図って成功した。一方のデボラ・カーはイギリス生まれ。『老兵は死なず』、『黒水仙』といった映画で頭角を現し、47年にMGMと契約して渡米、気品ある顔立ちと美しいブロンド、楚々とした雰囲気で注目を集めた。『クォ・ヴァディス』は30歳のときの作品で、この後、『地上より永遠に』、『王様と私』、『めぐり逢い』などの名作に次々に出演。アカデミー主演女優賞に6回ノミネートされながら無冠。93年に名誉賞を受賞した。

けれども、誰よりも特筆すべき俳優は、ネロを演じたピーター・ユスティノフだろう。のちに名探偵ポワロ役で有名になる名バイプレーヤーだが、『クォ・ヴァディス』のネロ役は主演といっていいほど出番が多いし、暴君として悪名高い人物(キリスト教徒を迫害したため、後世、様々な悪行が追加された)の複雑な心理を見事に演じ分けている。特に、上手いのか下手なのかよくわからない歌の下手さ加減が絶品で、デボラ・カーと同い歳というのも、びっくりだ。

監督のマーヴィン・ルロイはメロドラマの名手で、『クォ・ヴァディス』も歴史スペクタクルというよりは、マーカスとリジア、ペトロニウスと奴隷のユニス、皇帝ネロと元愛人アクテという3組の男女の恋愛劇として描いている。加えて、クライマックスではキリスト教徒が迫害される陰惨な場面が連続するのに、最後はハッピー・エンドで終わるところなど、さすがハリウッド映画の職人監督だと感心してしまう。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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