映画の処方箋

Vol.068

『プラダを着た悪魔』

キャリアというジャングルで生き抜くために

あなたが優秀な成績で大学を卒業した新卒者で、大学院への進学を蹴って仕事の現場に飛び込もうとし、けれども見つかった仕事が畑違いの仕事のアシスタントで、しかも上司は業界で知らない者はいない、人使いの荒いサディストだったら?

『プラダを着た悪魔』のアンディ(アン・ハサウェイ)の場合がまさにそれ。大学でジャーナリズムを専攻し、大学新聞の編集委員として社会派の記事を書き、優秀な成績で卒業、立派なジャーナリストになるのを夢みて田舎からニューヨークに出てくる。なのに、大手出版社イライアス=クラーク社の面接を受けたところ、ファッション誌<ランウェイ>(滑走路という意味)に配属される。そこにはミランダ・プリーストリー(メリル・ストリープ)というカリスマ名物編集長が女王のように君臨していて、ファッションの知識もなければ職場経験もない、うぶな“生け贄の子羊”に牙をむいて襲いかかる。果たしてアンディは、ファッションのジャングルを無事に生き抜くことが出来るだろうか、というのが映画のあらすじである。

原作はローレン・ワイズバーガーの同名小説で、彼女が<ヴォーグ>誌で編集長アシスタントをした経験を元に書いたもの。ミランダは同誌のカリスマ編集長アナ・ウィンターをモデルにしていると噂されている(ワイズバーガー自身は否定)。ミランダを演じたメリル・ストリープは、ウィンターではなく、数人の男性編集長を参考に役作りをしたといい、プレミア試写に現れたウィンターは“全然似てないわ”と言ったとか。本当かどうか確かめるには、彼女に密着したドキュメンタリー『ファッションが教えてくれること』があるので、比べて見るのも面白いかも。

ともあれ、映画『プラダを着た悪魔』の面白さは、ミランダのサディストぶりにある(少しはある)のでなく、彼女が次々に繰り出す難題をクリアしながら、アンディが成長していく姿にある。アンディは<ランウェイ>に面接に来るのに、その雑誌が何か、編集長のミランダが何者かさえ知らずに来る。ここは就活生としては、まるで落第だと思うが、ミランダのきまぐれから採用され、奴隷のように働かせられながら、少しずつ“働いて給料を貰うとは、どういうことなのか”を体で学んでいく。

ミランダの出す難題というのも、ハリケーンに見舞われて閉鎖された空港からニューヨークに戻る飛行機の便を手配しろという、まったく理不尽なものから、自分の子供のために出版前の<ハリー・ポッター>の新刊を手に入れろという、ほとんど不可能なものまで様々。こんなことまでやらなきゃいけないのか、と唖然とするほどだが、そこは映画。コネを使って<ハリー・ポッター>をクリアしてしまい、ミランダをぎゃふんと言わせる。ここは誰もがスカッとする場面だろう。

ミランダほどではないにしろ、誰もが上司の理不尽さに困った経験はあるはず。そういう時に助け船を出してくれるのが職場の仲間だ。『プラダを着た悪魔』には仲間代表として2人の人物が登場する。アンディを助けてくれるのが、スタンリー・トゥッチ演じるファッション・ディレクター、ナイジェル。アンディのファッション指南となってくれるばかりか、業界の仕組みまで教えてくれる。こんな優しい上司は滅多にいないから、アンディはそれだけでラッキーだ。一方、エミリー・ブラント演じるエミリーは先輩でライバル。私はエミリーに同情的で、突然、能力も学力も自分より上で、自分の大好きなファッションには興味がなく、“こんな仕事は腰掛けよ”みたいな顔をした新人が現れたら、誰だって意地悪の1つもしたくなるというもの。なのに、結局はアンディのキャリアアップの踏み台にされてしまうのだから、本当に損な役回りだ。こんなことになるんだったら、もっと意地悪しておけばよかったのに、と私は思う。エミリー、意外にいい人かも。

映画版が原作と大きく違うのは、クライマックスのパリの場面。欧州版<ランウェイ>の編集長ジャクリーヌが、ミランダの座を狙うという話は原作にはないのだが、ミランダがただの“悪魔”ではないことがわかる、見応えのある場面になっている。もちろん、『セックス・アンド・ザ・シティ』の衣装を担当したパトリシア・フィールズによるファッションと、豪華なパリ・ロケ(ホテル・プラザ=アテネでの豪華なファッションショーや、ガリエラ宮(モードと衣装の博物館)で開かれる<ランウェイ>主催のパーティ、最後にミランダが入っていくコンコルド広場のホテル・ド・クリヨンなど)も必見である。

そして、やっぱり何といってもこの映画の見所はメリル・ストリープにつきるだろう。グサっとくるような皮肉な悪口を、まるで誉め言葉のように、さらりと言ってのける彼女の一挙手一投足、神のような名演に見とれてしまう。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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