映画の処方箋

Vol.051

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

カメレオン俳優、ダニエル・デイ・ルイスの到達点

私達の前にダニエル・デイ・ルイスが現れたのは、スティーヴン・フリアーズの『マイ・ビューティフル・ランドレット』で、1985年のこと。パキスタン青年とホモセクシュアルな関係にあるロンドンのパンク青年を演じた彼の端正な美貌には、誰もが魅了されたものだった。が、驚いたのはその翌年、ジェームズ・アイボリーの『眺めのいい部屋』で、フィアンセのヘレナ・ボナム・カーターに振られる堅物な英国紳士として現れたときだ。まさか、あのパンク青年が? 実はニューヨークではこの2作が同日公開されて、デイ・ルイスに一気に注目が集まり、2作同時にニューヨーク映画批評家協会賞の助演男優賞を獲得したのだった。

その後、次第に彼の人となりがわかってきた。なんと、かのイーリング・コメディで一世を風靡した撮影所長サー・マイケル・バルコンが祖父、桂冠詩人セシル・デイ・ルイスが父親、女優のジル・バルコンが母親、姉がドキュメンタリー監督という映画界のサラブレッドであること。また、フィリップ・カウフマンの『存在の耐えられない軽さ』の女好きのチェコ人医師トマシュや、ジム・シェリダンの『マイ・レフトフット』の脳性小児麻痺の画家クリスティ・ブラウンなど、1作ごとにまったく違った役柄に挑戦し、見事に変身してしまう曲者ぶり。彼には何度も驚かされたので、『マイ・レフトフット』でアカデミー賞主演男優賞に初ノミネートし、あっさり受賞したときには、あまり驚かなかったほどだ。

けれども、『ボクサー』の後、あっさり俳優業から足を洗い、靴職人に転職してしまったというニュースを聞いたときは、本当にびっくり仰天した。彼のカメレオンのように見事に変身してみせる演技力は、おそらくは一種の鎧で、その下に繊細で脆い本質を隠していたのだろう。その後、はるばるイタリアに彼を訪ねてきたマーティン・スコセッシとレオナルド・ディカプリオの説得を受けて、『ギャング・オブ・ニューヨーク』でカムバックするわけだけど。
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は、そんなダニエル・デイ・ルイスに2度目のオスカー主演男優賞をもたらした作品である。監督のポール・トーマス・アンダーソンは、80年代のポルノ映画業界の繁栄と凋落を描いた『ブギーナイツ』で注目され、ロサンゼルスのテレビ業界人の24時間を描いた『マグノリア』でベルリン映画祭金熊賞(グランプリ)を受賞した人だ。が、正直言って、ここまでの彼には私はそれほど興味をひかれなかった。強い影響を受けているといわれるロバート・アルトマンに比べ、人間のとらえ方に厚みがないように思えたからだ。そんな私の評価を一新したのが『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』である。

原作はアプトン・シンクレアの<石油!>。20世紀初頭のアメリカ西部を舞台に、油田があるという噂を聞きつけ、土地を買い占めようとする山師プレインヴュー(ダニエル・デイ・ルイス)を主人公に、土地の人々から熱狂的な信頼を受ける新興教会の若きサンデー牧師(ポール・ダノ)との対立を描いた作品だ。

開拓時代のアメリカでは、先住民を力で追い払って得た土地に入植し、先住民からの報復を怖れつつ、新大陸の自然の猛威と闘って生きていかなければならなかった。荒々しいのは原野ばかりでなく、そこで生きる人間も同じで、土地も人間も荒々しかった。人々を信用させるために孤児を息子と偽って連れ歩き、平気で嘘をつき、石油を掘り当てることに一心に闘志を燃やす山師プレインヴューは、まさに開拓時代の原初的な暴力性の体現といえるだろうし、特筆すべきは、そんなプレインヴューを単なる暴力的な男ではなく、“魅力的な”暴力的な男にみせたダニエル・デイ・ルイスの演技力である。

経済と宗教という、今につながるアメリカの欲望の二大原理を、プレインヴューとサンデー牧師の対立に重ねて見せた社会派映画だから、茶の間で気楽に鑑賞するというわけにはいかないが、画面にみなぎる異様な迫力は、ダニエル・デイ・ルイスの一つの到達点ともいえる演技ともども、必見である。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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