映画の処方箋

Vol.044

『ゾディアック』

デヴィッド・フィンチャー、天才の証明

 東京国際映画祭のオープニングを飾ったデヴィッド・フィンチャーの新作『ソーシャル・ネットワーク』を面白く見た。『ソーシャル・ネットワーク』とは、世界最大のソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)、フェイスブックを立ち上げ、世界最年少の億万長者となったマーク・ザッカーバーグを主人公に、彼が抱える2つの裁判を通してフェイスブックの成功に隠された友情と裏切りのドラマを描いた映画だ。といってもただ漫然と描いているわけではない。2件の裁判を同時に扱いつつ、フラッシュバックを駆使して、フェイスブックの成功を時間の流れに沿って描いていくという超絶技巧を発揮しているのだ。時制が入り組んでいるうえ、台詞劇といっていいほど台詞が多いのに、すべての流れが一つの大きなうねりを生み出している。映画を見ながらフィンチャーはやっぱり天才だなと感心したのだが、同時に連想したのが『ゾディアック』のことだった。

 『ゾディアック』は、フィンチャーが前作『ベンジャミン・バトン 数奇な運命』の前に監督した作品で、2007年のカンヌ映画祭のコンペに出品された。全編デジタルで撮影されていたのだが、フィルムに焼いてスクリーンで上映したので、当時はデジタル独特のコントラストの強さがちょっと気になったのを覚えている。今回フィルムという媒体を通さずに見てみて、彼の天才を改めて確信した。実は映画館で見るより、薄型テレビの液晶画面で見る方が向いている。

 『ゾディアック』も『ソーシャル・ネットワーク』同様、実在の事件を映画化したもので、主要な登場人物は3人である。始まりは1969年7月4日。独立記念日を祝う花火が打ち上げられているサンフランシスコの夜、湖畔でデート中の男女が何者かに撃たれ、犯人から警察に通報がある。4週間後、“ゾディアック”(星座)と名乗る男が警察と新聞社3社に犯行声明を送りつけてくる。地元の新聞社サンフランシスコ・クロニクルに勤め始めたばかりの風刺漫画家ロバート・グレイスミス(ジェイク・ギレンホール)は、犯行声明に同封されていた謎の暗号文に惹きつけられる。事件担当の記者ポール・エイブリー(ロバート・ダウニーJr)は、さっそく犯行声明の裏をとり、犯行が事実であることを知る。一方、サンフランシスコ市警の刑事デイブ・トースキー(マーク・ラファロ)は、同僚の刑事ウィリアム・アームストロング(アンソニー・エドワーズ)と共にタクシー運転手殺害事件を担当することになったのをきっかけに、やはりゾディアック事件に巻き込まれていく。

 結論から先に言ってしまうと、ゾディアック事件は1974年に送られてきた犯人からの手紙を最後に、未解決のまま終結する。したがって、同じ連続殺人事件を扱っていても、フィンチャーの出世作『セブン』のように、最後にすべての謎が解かれて終わるのでないので、カタルシスという面では物足りないかもしれない。ただ、フィンチャーの映像表現方は比べものにならないくらい進歩している。

映画は、事件の進行をクロノロジカルに追う前半と、4年後、犯人が逮捕されないまま事件が風化していくなか、本を書くという口実でグレイスミスが独自に調査を始める後半に別れていて、フィンチャーは撮り方を微妙に変えて、前後にコントラストをつけている。特にすばらしいのは前半だ。花火が打ち上げられているサンフランシスコの夜景の俯瞰から、カットが変わると事件の犠牲者となるデート中の男女を横から映したカットに変わる。そこからフィンチャーは、ほとんどのカットを、対象物をほぼ中央に据えたシンメトリーで画面構成する。カメラの位置や人物には動くこと(モーション)はあるが、1カット1カットがまるで写真か、絵画のように止まって見える。いや、むしろコミック・ブックの1コマ1コマのようで、映画を見るというより、コミック・ブックのページを繰っているようでもある。そして画面に影を加えることで暗さを忍ばせ、怯え、緊張、怒りといった感情(エモーション)を滲み出して見せる。

 このフィンチャーの優れた映像表現には、彼が映画監督になる前にマット・ペインターだった経験が大きく貢献しているように思う。マット・ペインティングとは、絵や写真の背景を実写の映像と合成する技術で、映画の創成期から使われていた特撮の一種だが、CG技術の進歩によって著しく向上した。『ゾディアック』では、まるで実写と見まがうばかりに見事に再現された40年前のサンフランシスコの街がその一例だ。そして、ここがフィンチャーの凄いところなのだが、デジタル撮影が単なるフィルム撮影の代用ではなく、デジタルの特性を最大限に生かした映像表現になっているところである。彼の撮るショットには今までにない新しさがあって、他のどの映画監督にもない今日的な感じを受ける。その特異な才能を存分に見せつけたのが『ゾディアック』だと私は思う。『ソーシャル・ネットワーク』で、さらに一皮むけたフィンチャーを見る前に、映像表現の完成度としては、むしろ上かもしれない『ゾディアック』をぜひ。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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