映画の処方箋

Vol.041

『ナルニア国物語/カスピアン王子の角笛』

理想郷ナルニアの滅亡と復活――なぜ歴史は繰り返すのか?

ファンタジー文学の金字塔、<不思議の国のアリス>のルイス・キャロル、<指輪物語>のJ・R・R・トールキン、<ナルニア国ものがたり>のC・S・ルイス、<ライラの冒険>のフィリップ・プルマンに共通するもの。それは作者が全員イギリス人、しかも大学教授であることだ。<ハリー・ポッター>シリーズのJ・K・ローリングもまた、教授ではないものの、イギリス人である(しかも唯一の女性だ)。なぜイギリスには優れたファンタジー小説が生まれるのか? ファンタジー文学を育んだイギリスの土壌と風景については、今月放送の<旅スル映画・イギリス編>をご覧いただくとして、今回はC・S・ルイスの『ナルニア国物語/カスピアン王子の角笛』を例に、ファンタジー文学の底に流れているものについて考えてみたい。

 C・S・ルイスは1898年11月29日に北アイルランドで生まれた。母方の祖父が神父であった影響で、ルイスは敬虔なキリスト教徒となった。子供の頃から3歳上の兄と想像の国の物語を書いて楽しんでいたルイスは、長じてオックスフォード大学に進学、第一次大戦への従軍を挟んで、モードリン・カレッジでJ・R・R・トールキンと知り合い、親友となった。ちなみに、二人の親交は、ルイスとアメリカの女流詩人ジョイ・グレシャムとの結婚を巡って断絶に至るが、この経緯については1993年に『永遠の愛に生きて』として映画化され、ルイスをアンソニー・ホプキンス、ジョイをデブラ・ウィンガーが演じている。ルイスは骨髄癌を患っていたジョイを看取って3年後の1963年11月22日に亡くなった。

 『ナルニア国物語/カスピアン王子の角笛』は、前作『ナルニア国物語/ライオンと魔女』から1300年を経たナルニア国が舞台。獅子王アスランと4人の伝説の王と王女の活躍によって平和と繁栄を謳歌したナルニア国だったが、戦闘民族テルマール人の侵略で、城は廃墟と化し、アスランは行方不明に。ナルニアの人々は森に追われ、隠れ住んでいた。ある夜、先王の弟で摂政を務めるミラース(セルジョ・カステリット)に王子が生まれた。テルマールの正統な王位継承者であるカスピアン王子(ベン・バーンズ)は、家庭教師コルネリウス博士の手引きで森に逃げるが、暗殺者に追いつかれる。王子が危機一髪のところで博士から渡された角笛を吹く、と、そこは第二次大戦下のロンドン。ストランド駅構内で地下鉄を待っていたベベンシー4兄弟姉妹、エドマンド(スキャンダー・ケインズ)、スーザン(アナ・ポップルウェル)、ピーター(ウィリアム・モーズリー)、ルーシー(ジョージー・ヘンリー)の前に、みるみるナルニアの世界が広がっていく。こうして1300年後のナルニアに戻った4人は、カスピアン王子を助けてミラースの野望を挫き、荒廃したナルニアを再建していく、というのが大まかなストーリーである。

 <ナルニア国ものがたり>は、ルイスのキリスト教信仰と戦争体験を抜きにしては語れない。それは4人兄弟姉妹が生きている世界が第二次大戦下のイギリスであるという設定からも明かだが、『ナルニア国物語/カスピアン王子の角笛』には特に戦争の影が色濃く反映されているように思う。なぜ平和は崩れ、戦争が繰り返されるのか。最後に明かされるテルマール人はどこからやってきたのかの謎を含め、そこには二度の悲惨な大戦を経験したルイスの諦念というか、全能の神が創られた世界で、繰り返し人間達が起こす愚行への警告のようなものが込められていると私は思う。

 また『ナルニア国物語/カスピアン王子の角笛』は、もう一つのイギリスを代表する文学がさりげなく織り込まれているのが面白い。眠っている間に先王を殺した弟とは、まさに<ハムレット>のクローディアス王だし、父の死の真相に悩むカスピアン王子はハムレットそのものともいえる。また、苦境に陥ったナルニア国を救うため、森の木がテルマール軍に襲いかかるクライマックスは、“バーナムの森が動いて”イングランド軍に敗れるスコットランド王マクベスを思わせる。<ハムレット>には先王の亡霊が出てくるし、<マクベス>の幕開けは、3人の魔女が未来を占う場面だ。<テンペスト>には魔法を自在に使うプロスペローも登場するし、シェイクスピアもまたルイスやトールキンの遠い先輩と言えるかもしれない。

 さて、来年2月に公開される第3章『ナルニア国物語/アスラン王と魔法の島』は、7作からなる<ナルニア国ものがたり>の3作目、年代記としてはちょうど真ん中に当たる。ルーシーとエドモンドと従弟ユースチスが、カスピアン王子の率いる帆船でナルニアの海を世界の果てへ向かう航海に出る。そこには何が待っているのか? この新たな冒険を楽しむためにも、『ナルニア国物語/カスピアン王子の角笛』でナルニア国の復活を予習しておこう。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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