映画の処方箋

Vol.039

『シェルブールの雨傘』

フレンチ・ミュージカルの金字塔

ハリウッド映画が得意にしていて、他の国で滅多に太刀打ちできないジャンルといえばミュージカルだろう。映画史的に言えば、発声映画(トーキー)の出現と共にミュージカルは誕生した。世界初のトーキーが音楽映画の『ジャズ・シンガー』だったのは象徴的な出来事だが、ヨーロッパでもすぐに『会議は踊る』などの音楽映画が作られてはいる。しかし、フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャースのタップダンスや、MGMのレビュー映画など、ブロードウェイなどの豊かなエンターテインメント業界をバックグラウンドにして、優秀な人材を吸収し、発展していったハリウッドのミュージカル映画に追随できる監督は、他の国ではなかなか出てこなかった。ボリウッド映画(インド映画)を別にすれば、その唯一の例外がフランスのジャック・ドゥミである。

 ジャック・ドゥミは作曲家ミッシェル・ルグランと組んで何本かミュージカルを作っているが、カトリーヌ・ドヌーヴを主演にした、『シェルブールの雨傘』、『ロシュフォールの恋人たち』、『ロバと王女』という初期の3作が最高傑作だと私は思う。なかでも、台詞がすべて歌、という常識外れな試みで世界中をアッと言わせたのが『シェルブールの雨傘』だった。

 物語の舞台はノルマンディー地方の港町シェルブール。“シェルブールの雨傘”という名の傘店を開いているエムリー夫人にはジュヌヴィエーヴ(カトリーヌ・ドヌーヴ)という17歳の美しい娘がいた。彼女は自動車修理工のギイ(ニノ・カステルヌォーヴォ)という恋人がいて、熱烈に愛し合っていたが、母親は若すぎる二人の結婚に反対し、経済的な苦境を救ってくれたダイヤモンド商カサールを密かに娘の相手に考えている。そんな折り、ギイが兵役で招集されることになる。別れの一夜を共にし、ギイは旅立っていくが、その直後、ジュヌヴィエーヴの妊娠がわかる。ギイはアルジェリア戦争に送られ、次第に手紙も間遠になり、不安な思いで待つことに耐えられなくなったジュヌヴィエーヴは、ついにカサールのプロポーズを受けてしまう。そして、2年後、兵役を終えてギイがシェルブールに戻ってみると、雨傘店は閉店し、ジュヌヴィエーヴの消息もわからなくなっていた…。

 ドゥミの愛妻アニエス・ヴァルダが亡き夫に捧げた『ジャック・ドゥミの少年期』の中に、ドゥミが少年の頃に作った切り紙アニメーションが出てくる。それは、美しい踊り子に恋をした水兵の悲恋物語で、つまりは『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』の原型ともいえる作品なのだった。自動車修理工場をやっていた父親に映画の道に進むことを反対されたことなどを知って、ドゥミ自身の体験と映画を重ね会わせて楽しめるようになったのは、私にとってはアニエス・ヴァルダのおかげである。切り紙アニメだけを見ても、ジャック・ドゥミが少年の頃からどんなに叙情的な人だったかがわかるし、叙情性でいえば、『シェルブールの雨傘』が一番ドゥミらしい作品といえるだろう。

 けれども、悲しい映画が苦手な私には、『シェルブールの雨傘』よりも、文句なく楽しい『ロシュフォールの恋人たち』や、ペローのお伽話をそのまま映画化したファンタジックな『ロバと王女』の方が好きだ。『ロシュフォールの恋人たち』は、アメリカからジョージ・チャキリスとジーン・ケリーを招いて撮った本格ミュージカルだが、踊り子、水兵、悲恋といったドゥミのおなじみのテーマのバリエーションでもある。バレエ学校の教師をしている双子の姉妹を、フランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴという本物の姉妹が演じ、若くてハンサムなジャック・ペラン演じる水兵が絵に描いた理想の女性に恋をする。この絵に描かれた美人に恋をするというテーマは『ロバと王女』でも繰り返される。考えてみれば、ドゥミは生涯をかけて同じ映画をリメイクしていたと言えるかもしれない。

 今年のカンヌ映画祭で、アルジェリア戦争を舞台にしたラシッド・ブシャレブの『アウトロー』という作品が話題を呼んだが、そのときの記事で、アルジェリア戦争当時のフランスでは、戦争についての報道が規制されていて、真っ向から戦争を取り上げた数少ない勇気ある映画の1本が『シェルブールの雨傘』だったことを知った。マイケル・チミノの『ディア・ハンター』がヴェトナム戦争なくして成り立たないように、『シェルブールの雨傘』もまたアルジェリア戦争なくして成り立たない映画だったのだ。せつなく甘美な別れの場面の裏に、ドゥミが映画に込めた真の思いがほの見えてきて、襟を正さずにはいられなくなる。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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