映画の処方箋

Vol.038

『デジャヴ』

ハードボイルド・サスペンスとSF映画のリアルな融合

クリストファー・ノーランの『インセプション』を見て、パリの街が折れ曲がってくる場面にど肝を抜かれた人も多いだろう。ノーランの卓越した想像力は別として、『インセプション』で使われている技術自体には、実はそれほど目新しいものはない。逆に、あの映画が凄いのは、画面が非常にリアルに見えるところだ。現実と脳内のヴィジョンがシームレスに繋がっていて、現実自体が折れ曲がるような、崩れ落ちるような、底知れない恐ろしさを感じさせる。これが近年の技術の進歩が可能にした映像革新だ。トニー・スコットの『デジャヴ』もまた、『インセプション』と同様の映像革新が可能にした新しいエンターテインメント映画である。

 舞台は2006年2月28日のニューオリンズ。マルディグラ(謝肉祭)を祝う海軍基地の水兵と家族を乗せたフェリーが爆発し、500名以上の死者が出る大惨事が起こる。事故か事件か。ATF(アルコール・煙草・火器局)の捜査官ダグ・カーリン(デンゼル・ワシントン)は、鋭い観察力で、たちまち証拠を発見し、事件と断定する。やがて現場の近い川岸で一人の女性の遺体が発見される。検死に立ち会ったダグは、彼女クレア(ポーラ・パットン)が爆破事件の1時間前に殺されていたことを知り、彼女こそ事件の鍵を握る人物なのではないかと直感する。彼女の自宅を捜査に行ったダグは、彼女の留守番電話を再生してみて、そこに自分の声が残されていたことを知って驚愕する。そんな彼にFBIの捜査官ブライズワーラ(ヴァル・キルマー)が接触してくる。彼に誘われて向かった厳重に警戒された基地の中で、ダグは、時間のひずみを利用して“4日と6時間前”の映像を映し出すことのできる<タイム・ウィンドウ>という装置を見せられる。ダグは、装置を開発したデニー(アダム・ゴールドバーグ)に指示して、クレアの自宅の4日と6時間前の映像をモニターに映し出してもらうのだが、生きているクレアを見ているうちに不思議な愛情が生まれてくる。「どうしてもクレアを救いたい」という思いでいっぱいになったダグは、装置を使って自分自身を4日と6時間前に送ってくれるようデニーに頼み込む。果たしてタイム・スリップによって過去に戻ったダグは、クレアの命を救い、フェリーの爆破を未然に防ぐことができるだろうか?

 冒頭ニューオリンズの波止場でフェリーに乗り込む水兵や家族たちを映した、まるでドキュメンタリーのような映像、続くATF捜査官デンゼル・ワシントンの地道な捜査と、ハードボイルド系サスペンスのように始まった映画が、ヴァル・キルマーと<タイム・ウィンドウ>装置の登場で、一気にSF系にずれ込んでいく。これまでSF映画といえば、『スター・ウォーズ』や『スタートレック』といったファンタジー系だったのに、『デジャヴ』はサスペンスのリアル感を持ったまま、SF映画にシームレスに移っていく。そこがすごく新しい。ハードボイルドとSFの融合といえば、リドリー・スコットの『ブレード・ランナー』という先駆があるが、『デジャヴ』と比べると、あれはまだSFファンタジーの範疇だったことがわかる。

 “デジャヴ”というのは“既視感”を表す心理学用語で、初めて見たものなのに以前見たことがあるような感覚のことを指し、元はフランス語である。この映画では、捜査官ダグがクレアの遺体を見たときに感じる感覚を表しているのだが、それよりももっと直接的に“デジャヴ”を表現した場面がある。<タイム・ウィンドウ>を小型化したゴーグルを着用したダグが、現在と過去を同時に見ながら犯人を追う場面である。湾岸戦争あたりから戦闘に使われるようになった赤外線暗視ゴーグルをタイムワープ版にしたような装置だが、まさに初めて見る現在の中に過去が“既視感”のように登場する面白い場面だと思う。

 監督のトニー・スコットは、登場のときから大物感を漂わせている兄リドリーに比べられて損をしてきたが、出世作の『トップガン』や『クリムゾン・タイド』など、一見A級なB級映画をこつこつ当てて、きっちりエンターテインメントできることを証明してきた人だ。A級映画は凡庸な監督にも撮れるが、B級映画は職人監督にしか撮れないのだから。『デジャヴ』はプロデューサーがジョー・ブラッカイマーなので、いつもよりカーチェイスと火薬の量が多めだが、それもまたエンターテインメントの内。この映画もタイムワープにはつきものの時間のパラドックスから逃れられていなくて、よくよく考えると矛盾に満ちているのだが、それもアクションをたたみかけて力業で乗り切ってしまうところがB級映画の王道を行っている。面白ければいいんだよ、たかが映画なんだから!

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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