映画の処方箋

Vol.034

『ツイスター』

竜巻をオタクする

子供の頃から、台風が近づいてくると知ると、なぜかわくわくしてくる。警報が出ている埠頭にわざわざ出かけ、暴風の中、傘をおちょこにして叫んでいるテレビのリポーターも、どことなく楽しそうに見えてしまう。天変地異は確かに恐ろしいが、人知を超えた自然のパワーは(自分が安全でいる限り)、いっそ清々しいと私は思う。映画は昔から自然災害を得意ジャンルとしてきた。台風や津波や火山の噴火などの自然が見せてくれる驚異を、映画館という安全な場所で、ポップコーンを食べながら楽しむ、それこそ最高の娯楽だと映画の製作者たちは熟知していた。恐ろしい危機を愉快に楽しむ、それがスペクタクルの原点なのだ。

 そういう意味で、『ツイスター』は娯楽の王道を行っていると私は思う。それまでパニック映画といえば、たいていがミニチュアを使った合成映像による特撮だった。もちろん、昔なつかしい手作り感いっぱいの特撮も大好きだが、刻々と変化していく空、不気味な積乱雲の動き、雷、巻き上がる風といった自然現象の再現は、やはりコンピュータ・グラフィックスの進歩があってこそ。製作総指揮のスピルバーグが撮影監督出身のヤン・デ・ボンを監督に指名したのも、ノンストップ・アクション映画『スピード』を大成功させた、彼の映像処理の巧さを買ったからだろう。

 パニック映画の目玉は災害。ゆえにストーリーはシンプルだ。主人公は、子供の頃に竜巻で父親を失ったジョー・ハーディング(ヘレン・ハント)。長じて気象学者となり、竜巻のメカニズムを解明するために仲間たちと日夜竜巻を追いかけている。そこに元夫のビル(ビル・パクストン)が婚約者を連れて現れる。以前はジョーと共に竜巻を追いかけた仲間だが、過酷な毎日に疲れ、今は天気予報のキャスターになっている。今日はジョーから離婚届にサインをもらうためにやってきたのだが、ライバルの竜巻研究家ジョナス・ミラー(ケイリー・エルウィス)の一行が現れ、状況が一変する。功名心が強いジョナスはビルの下を離れ、スポンサーを見つけて新たな研究グループを立ち上げ、今はリーダーとなっていた。ビルは、自分が開発した竜巻センサー“ドロシー”(もちろん、竜巻に家ごと飛ばされた『オズの魔法使い』の少女の名前だ)が彼に盗用されたのを見て激怒、ライバル心と研究者魂が一気に燃え上がり、ジョーたちと一緒に竜巻を追いかけ始める…。

 脚本は『ジュラシック・パーク』のマイケル・クライトン。彼の書く脚本は、『ジュラシック・パーク』の遺伝子工学のように、テクノロジーに対する綿密なリサーチを基にしている。今回も同様で、事実、竜巻発生のメカニズムはおおよそ解明されてきてはいるが、まだ謎が多く残されていて、竜巻が出来そうな雲(積乱雲または積雲)から、いつ、どういう風に渦が出来上がるかはわかっていないのだそうだ。そこでクライトンは、気象学者ばりに“渦が発生した瞬間に雲の真下にもぐりこんでセンサーを飛ばす”という方法を考え、そんな離れ業に飛び込んでいく主人公を、竜巻を父親の仇として付け狙う“執念の女”に設定した。毎日雲を追いかけ、危険に飛び込んでいくのだから、正気の人間では説得力がなくなってしまう。

 『ツイスター』の楽しさは、牛が竜巻に飛ばされていく(最高に可笑しい)映像に代表されるような“遊び心”にある。この映画には普通のパニック映画と違って、被害者が一人もいない(ジョーの父親は別として)。ジョーたち竜巻ハンターは、自ら進んで危険に飛び込んでいく命知らずである。しかも、ハンターたちが皆、相当な竜巻オタクで、相手が大きければ大きいほど闘争心を燃やし、目が輝いてくるところがいい。竜巻とのチェイスがとても楽しそうだ。そして、ここが肝心な点だが、竜巻という未曾有の災害を安心して楽しめる。巨大な竜巻が急に方向転換してジョーとビルを追いかけ始めるクライマックスでは、タンクローリーは飛ばされても、ジョーたちの乗ったピックアップトラックはなぜか飛ばされないし、家は飛んでも二人は残る。いかにもなご都合主義だが、主人公二人の視点が映画館やテレビの前にいる観客の視点なのだから、危険のまっただ中でも、ポップコーンをつまめる程度の安心感は必要なのだ。『ツイスター』の放映前には、ビールとおつまみの用意をお忘れなく。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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