映画の処方箋

Vol.025

『グラディエーター』

華麗にしてグラフィック、リドリー・スコット印の歴史アクション。

リドリー・スコットといえば、コアなファンには、カルト的な『ブレードランナー』や、何度見ても恐ろしいSFホラーの傑作『エイリアン』の方が人気だろうが、さすがアカデミー賞を5つもとっただけあって、『グラディエーター』にはスコットらしいスタイリッシュな映像に、わかりやすい面白さがプラスされて、たっぷり見応えがある。

 紀元2世紀、時のローマ皇帝マルクス・アウレリウス(ジョージ・ハリス)は、ゲルマニアに親征した際、優れた将軍マキシマス(ラッセル・クロウ)に、次の皇位を継承させると約束する。それを察知した皇帝の不肖の息子コモドゥス(ホアキン・フェニックス)は、父を暗殺して自ら帝位につくと、マキシマスを反逆罪で処刑するよう命じる。間一髪、処刑人の手を逃れたマキシマスが、やっとの思いで故郷に戻ると、皇帝の命令で妻子が無残に殺されていた。復讐を誓うマキシマスは、奴隷商人プロキシモ(オリヴァー・リード)の手で、“スペイン人”という名のグラディエーター(剣闘士)となり、たちまち頭角を現す。そして、都ローマに上り、最強のグラディエーターとしてローマ市民の人気を勝ち得ていく。しかし、“スペイン人”がマキシマスだと知った皇帝コモドゥスは、彼を亡き者にしようと卑劣な罠を仕掛ける…。

 まるでウソのようなストーリーだが、実は、ほとんど史実が元になっている。もちろんマキシマスは架空の人物だが、哲人皇帝といわれたマルクス・アウレリウスが、優れた者を次期皇帝とするというローマの慣習を破って、実子コモドゥスを皇帝に指名したのも本当なら、そのコモドゥス皇帝の出来がよくなく、暗殺されてしまったのも本当だ。

 もっとも、『グラディエーター』には史実以外にも参考にしたとおぼしき映画が2本ある。1本は、アンソニー・マンが1960年に監督した『ローマ帝国の滅亡』で、ストーリーラインはほぼ同じ、マキシマスにそっくりなリヴィウスという架空の人物も登場する。もう1本はスタンリー・キューブリックの『スパルタカス』で、剣闘士としてのマキシマスは、カーク・ダグラスの演じたスパルタカスをほぼ模したものだ。つまり、『ローマ帝国の滅亡』の骨格に『スパルタカス』的なスペクタクル性を加味したのが『グラディエーター』なのだ。他にも、コロシアムで模擬戦争を行う場面などは『ベン・ハー』を連想するし、細かく見ていけば、参考にした映画がもっと判明するかもしれない。

 けれども、映画はもともと模倣のアートなのだから、どんなに多くの映画を参考にしようと、単なる物真似ではない、オリジナルな作品になっていればそれでいいのである。そして、リドリー・スコットの『グラディエーター』には、一目でそれとわかる特徴がある。それが、CGを多用したシャープな映像である。

 『ローマ帝国の滅亡』や『スパルタカス』の頃はCGがなかったため、ローマ時代を再現するには遺跡にロケに行くか、セットを組むしかなかった。それが作品の重厚さにも繋がるのだが、私は『グラディエーター』の映像の軽さがいかにも現代的でいいと思う。例えば、コモドゥスの戴冠式の場面で、雲の中からローマの都が俯瞰で見えてきて、鷲の彫像をなめて、CGで再現されたコロシアムを背景に、戴冠した皇帝を乗せて進んでいく戦車につなげていく、まるでドイツ印象派のようなモンタージュ映像。まるで書き割りのようでもあり、そのグラフィックな華麗さこそが、いかにもスコットっぽいと私は思う。

 難を言えば、剣闘士ラッセル・クロウのパワフルなアクションと、ラッセル・クロウとコニー・ニールセンの“焼けぼっくいに火”的な関係と、父と姉の愛を奪われて嫉妬に狂う皇帝ホアキン・フェニックスとの筋が1つにうまく絡まず、水と油のままで終わっていることだが、それはそれとして別々に楽しめばいいだけの話かも。ともあれ、『グラディエーター』が見て面白い、一級のエンターテインメント作品であることは間違いない。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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