映画の処方箋

Vol.020

『エマニエル夫人』

事実は映画より奇なり

その昔、新橋駅前に日本ヘラルド映画の試写室があって、そこの椅子は“エマニエル椅子”と呼ばれていた。当時の試写室には珍しい革張りの立派な肘掛け椅子で、『エマニエル夫人』の興行収益で買ったのだとのことだった。それほど大当たりした伝説的な映画だった。『エマニエル夫人』の椅子といえば、多くの人はポスターにも使われた籐の椅子のことを連想するだろうが、私は真っ先にあの椅子を思い出す。映画の公開から35年たった今、あの試写室はもちろんのこと、日本ヘラルド映画社自体も消えてしまって、どこにもない。

『エマニエル夫人』は、外交官の夫の赴任に従ってバンコクへやってきたエマニエル夫人が、異国でさまざまな性体験をするというストーリーである。原作はエマニエル・アルサンの小説<エマニエル>。年の離れた外交官の夫と結婚した20歳の純真なパリ娘の回想録という形をとっている。小説は1959年に出版され、直ちに発禁処分にされた。なぜか。内容が猥褻だったから、ではない。内容が事実だったから、である。

エマニエル・アルサンの本名はマルヤット・ビビドといい、生粋のタイ人である。夫のルイ=ジャック・ロレ=アンドリアーヌは外交官で、つまり、小説の内容はほとんどが事実であった。発禁になったのは、フランス政府が外交面でのダメージを怖れたためだった。この処分は1992年になるまで解かれなかった。

『エマニエル夫人』のイメージを作り上げたのは、主演したオランダ人モデルのシルヴィア・クリステルとファッション・カメラマンだった監督のジュスト・ジャカンである。当時22歳のシルヴィアの透き通るような肌と、エロを感じさせない中性的な美しさ。ジュスト・ジャカンのファッション・グラビアのような映像は、それまでのポルノ映画になかったもので、好奇心はたっぷりあるが、ポルノ映画館に行くのは“恐い”、潜在的な観客、特に女性客を大きく掘り起こすことになった。ウッディ・アレンの映画に『誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいセックスのすべてについて教えましょう』という作品があるが、まさに言い当てていると思う。セックスについては“誰もがすべて知りたいと思っているけれど、訊くのはちょっと恐い”のである。その“恐怖”を取り去ったのがシルヴィアの美しさであり、ジャカンのソフトな映像だった。もしも映画がエマニエル・アルサンの回想録を実録映画化したものだったら、その性の奥深さに多くの人がたじろいでしまっただろう。セックスは想像力に負うところが大きい。ポルノ映画、ポルノ小説というのは、想像力を刺激するためのきっかけのようなものなのだから、ハードコアでなければダメ、なんていうことはないのである。35年前にシルヴィア・クリステルの美しさに自分を重ねあわせて、うっとりする女性が大勢いたということは当然すぎるほど当然だし、今でも大勢いるはずである。『エマニエル夫人』を見ながら、年末の夜の一時を、エロチックな空想に浸って過ごすのも一興だろう。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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