映画の処方箋

Vol.019

『エクソシスト』

クリスマスはやっぱりホラー?

前回は、クリスマスはサンタクロースがプレゼントを配る日だなんて脳天気なことを書いてしまったが、もちろん、クリスマスで最も肝心なのはキリスト生誕の日、ということである。なぜ12月25日なんて半端な日に生まれたのか突っ込みたくなるが、それはさておき、キリスト教、信仰、神などの問題を考えるときにセットで登場するのが、神のアンチの存在、つまり悪魔である。神がいるから悪魔が生まれ、悪魔がいるから神の存在が尊く思える、いわば持ちつ持たれつの間柄。罰当たりな無神論者には、そんな気もする。

けれども神と信仰が土台となっている文化、特に西欧では、キリスト教信仰が西洋人の精神構造と抜き差しならない関係になっており、そのことを最も良く表しているのが、ホラー映画なのである。なかでも、信仰の問題とがっぷり四つに組んだホラー映画が、ウィリアム・フリードキンの『エクソシスト』だ。
 “エクソシスト”とは、悪魔を祓う儀式を行う“祓魔師”と呼ばれる聖職者のこと。映画『エクソシスト』の悪魔憑き少女の恐ろしいイメージが先行して、なんだかまがまがしい存在のような気がするが、実は聖職者の位階の1つ。映画でいえばメリン神父とカラス神父の二人のことなのである。映画の大ヒットでエクソシスト=オカルト=ホラー=悪魔みたいな連想が定着してしまったけれど、実はまったく逆なのだ。

今回、『エクソシスト』を見直してみたら、驚くことに、主人公は、公開当時深く信じ込んでいた悪魔の少女リーガン(リンダ・ブレア)でも、アカデミー賞が主演に認定したリーガンの母クリス(エレン・バースティン)でもなくて、タイトル通り、祓魔師を務めるカラス神父(ジェイソン・ミラー)であることがわかった。リーガンの首が360度回転したり、汚い言葉を吐き散らしたり、獣のように飛びかかったりするところばかりが強烈に記憶にインプットされていて、悩んでばかりいる暗いカラス神父のことをすっかり忘れていたのだ。それと、今回はメリン神父がイラク北部で悪霊バズズの像を発見する冒頭の場面が一番恐くてよかった。特に、遺跡の穴に手を突っ込んで像の破片を取り出すところが凄く恐い。こんな何気ない場面にこれだけの緊張感を漂わせられるのだから、さすがフリードキンである。しかもメリン神父に何もしゃべらせないところがいい。雰囲気がすでに恐い。ちなみに、メリン神父を演じたマックス・フォン・シドーは撮影当時なんと44歳の若さで、老人然とした動きはすべて演技だったのだった。また、発掘の場面はサダム・フセイン大統領時代のイラクで実際にロケ撮影された、今では貴重な映像である。

ではストーリーを簡単に。映画の撮影のためにワシントンに滞在中の女優クリス・マクニールは、一人娘のリーガンの様子がおかしいことに気づく。初めは病気と思って医者に診せるが、検査を繰り返しても原因が分からず、次第に老人のような形相になり、神を冒涜する言葉を吐いては暴れ、手のつけられない状態になっていく。クリスが借りた家のそばの教会に通うカラス神父は、貧しいギリシャ移民の子で、大学に進学して精神医学を学んだものの、教育資金を出してくれた教会の恩に報いるために聖職者の道に進んだ過去がある。老いた母を普通の病院に入れることが出来ず、精神病院で孤独死させたことを深く悔いている。娘の病気が医学では治らないことを悟ったクリスは、顔見知りのカラス神父に相談する。神父はリーガンのしゃべる内容を録音し、それが悪魔の言葉であることを知る。教会に悪魔祓いの儀式の許可を求めたカラス神父は、祓魔師として長い経験のあるメリン神父と共にリーガンの悪魔祓いをすることになるのだが…。

ホラー映画というと、音楽がガンガン鳴るなかで血がドバドバ、といったスプラッター系を連想するが、『エクソシスト』はその逆で、音楽はほとんど流れず、テーマ曲として有名なマイク・オールドフィールドの<チューブラー・ベルズ>も、ほんのちょっと。クライマックスは、悪魔の誘惑と神父の唱える聖書が対決し、神父の信仰心が試されるという、実はとっても内省的で、深〜い内容の映画なのだった。

どうです、クリスマスに見るのにぴったりでしょ?

もっと見る

ライター 斎藤敦子のプロフィール

前へ次へ

HOMEへ戻る