映画の処方箋

Vol.018

『ライラの冒険 黄金の羅針盤』

クリスマスにはファンタジー

商店街も住宅地も華やかなイルミネーションに彩られるクリスマス・シーズン。町も人も浮き浮きするこの時期に見るんだったら、絶対ファンタジー映画だ。それに、映画界では21世紀に入ってからファンタジー映画が大流行中である。戦陣を切ったのは、2001年の『ハリー・ポッターと賢者の石』で、“ハリ・ポタ”シリーズは、J・K・ローリングの原作出版と歩調を合わせる形で現在まで6作が公開されている。続いて『ロード・オブ・ザ・リング』三部作、『ナルニア国物語』と、ファンタジー文学の最高峰が相次いで映画化、公開された。これは、技術革新によって、それまで不可能だった映像をコンピュータ・グラフィックスで自由自在に作り出すことができるようになったことが大きい。そして、最後を飾る形で登場してきたのが、フィリップ・プルマン原作の『ライラの冒険 黄金の羅針盤』である。

フィリップ・プルマンは、1946年イングランドのノーフォーク生まれ。オックスフォード大学卒業後、教鞭をとりながら小説を執筆してきたという経歴は、ファンタジー小説界の巨頭、<指輪物語>のJ・R・R・トールキン、<ナルニア国物語>のC・S・ルイスとまったく同じで、いわば彼らの直系の子孫といえるだろう。ファンタジーの世界を借りて独自の世界観を壮大に展開するところも、先輩の作風を踏襲している。

さて、『ライラの冒険』の主人公は、我々のいる世界と平行して存在するパラレル・ワールドに住む11歳の少女ライラ・ベラクア(ダコタ・ブルー・リチャーズ)。幼い頃に両親をなくした彼女は、オックスフォード大学のジョーダン寮で暮らしている。この世界では、誰でも“ダイモン”と呼ばれる動物の姿をした守護精霊がついていて、ライラにも、パンタライモンという何にでも姿を変えるダイモンがついている。ライラの叔父アスリエル卿(ダニエル・クレイグ)は、目に見えない“ダスト”と呼ばれる謎の粒子を解明しようと北の地に旅立つが、この世界を支配する“教権”と呼ばれる組織が、彼の探求を阻止しようとする。一方、ライラの周辺で子供が誘拐される事件が相次ぎ、親友のロジャーもさらわれてしまう。真理を読み取ることができるという“真理計”を学寮長から手渡されたライラは、コールター夫人(ニコール・キッドマン)こそが誘拐事件の黒幕であることに気づき、夫人の魔手から逃れて、ロジャーの救出に向かうのだが…。

 実は、私はこの映画を公開時に見逃していて、今回、初めて見たのだが、周囲から流れてきていた評判とはまったく逆に、とても楽しめた。アスリエル卿=父性=善、コールター夫人=母性=悪という二極対立は、モーツァルトのオペラ<魔笛>のザラストロと夜の女王のようで、フリーメーソンぽくもあるし、科学者の真理の探究に教権が圧力を加えようとするところは、ローマ教会が地動説を異端と断定してガリレオを弾圧したことを連想する。フィリップ・プルマンの原作は、第二部で現実世界の新たな主人公ウィル少年が登場し、ライラと共にパラレルな世界を行き来しながら、神を否定し、原罪から人間を解放するという、キリスト教的世界観を否定する方向へ展開していくのだそうだが、映画『ライラの冒険』は第一部のみ、それも状況説明や世界観の部分はカットしてあるから(そういう意味では、初めはちょっとわかりにくいかも)、テンポよく話が進んでくれるので頭を使う必要がまったくない。しかも、ライラにピンチに次ぐピンチが訪れても、間髪入れずに助けが現れるから、安心して見ていられる。ライラを演じるダコタ・ブルー・リチャーズは11歳という設定にしては大人びて見えるが、美人で勝ち気で行動的なところがいいし、敵役コールター夫人役のニコール・キッドマンのクール・ビューティぶりは圧倒的である。

 当初『ロード・オブ・ザ・リング』のような三部作として企画された『ライラの冒険』だが、世界不況のあおりを受けて、続編の製作は無期限停止された。ゆえに、原作が先か映画が先かで悩んでいる向きには、まずクリスマスに映画を見て、それから年末年始の休みを利用して、じっくり原作に向かうことをお薦めする。映画が丁寧に作り上げたパラレルワールドのイメージは、小説を読むときの助けになってくれるに違いない。

もっと見る

ライター 斎藤敦子のプロフィール

前へ次へ

HOMEへ戻る