映画の処方箋

Vol.017

『トラフィック』

あでやかに咲き誇る大輪の花

キャサリン・ゼタ=ジョーンズには、登場のときから大物感が漂っていた。最初に印象に残ったのは『マスク・オブ・ゾロ』の勝ち気な美女エレナ役で、主人公のゾロと恋に落ちるアクション映画のお色気担当だったが、『エントラップメント』の美術品泥棒を追い詰める保険調査員役では、40歳近い年齢差のある名優ショーン・コネリーを向こうに回して一歩も引かない存在感に、単なる美人女優ではないぞ、という強烈な自己アピールを感じた。当時30歳目前だったキャサリンは、イギリスでは有名であったものの、ハリウッドでは新人同然で、今考えてみれば微妙な年齢にさしかかっていた。その後1年もたたないうちに25歳年上のマイケル・ダグラスと結婚というニュースが飛び込んできたときには、いろんな意味で"なるほど"と思ったものだった。

『トラフィック』はアカデミー賞4部門を制し、監督のスティーヴン・ソダーバーグにとってステップアップのきっかけとなった記念の作品だが、キャサリンにとってもハリウッドに自分の個性を強烈に売り込んだ作品なのではないだろうか。

"トラフィック"とは英語で交通や交易という意味。フランス語で"トラフィカン"といえば麻薬の売人のこと。映画『トラフィック』の"トラフィック"は、そのものずばりの麻薬の交易ルートのこと。メキシコとアメリカで麻薬に関わる人々の4つのストーリーが描かれていくうちに、すべての人々が1本の"トラフィック"で繋がっていることが見えてくる、ある意味ちょっと恐い作品である。

舞台はアメリカ西海岸でメキシコと国境を接する街サンディエゴと、東海岸の首都ワシントン。サンディエゴの高級住宅地に住む実業家の妻ヘレナ、国境を挟んでメキシコ側で麻薬を取り締まる警察官ベニシオ・デル・トロ、アメリカ側の麻薬取締官ドン・チードル、それにワシントンで麻薬対策担当補佐官に任命されるマイケル・ダグラスの計4つのパートで映画が成り立っている。

キャサリンが演じたヘレナは、カリフォルニア州サンディエゴの高級住宅地に住む有閑マダム。第二子を妊娠中の彼女は、幼い息子がゴルフを練習する間、クラブのテラスでマダム仲間とのおしゃべりに余念がない。そんな絵に描いたようなブルジョワ生活が、夫の逮捕で一転する。まっとうな会社の社長と信じていた夫の事業が、実は麻薬の取引で、しかもシンジケートから300万ドルという多額の支払いを迫られる。この窮地を切り抜けなければ、すべての生活が水の泡と消え、彼女自身も身の破滅となる。こんな絶体絶命の危機に、何も知らない一介の家庭の主婦が、意外な強さを発揮し、拘留中の夫に代わって"事業"を再建し、夫の仇をとるのである。

撮影当時、キャサリンは結婚したばかりのマイケル・ダグラスとの間の第一子を妊娠中だったため、役柄も妊娠中とするよう設定を変更させている。クライマックスでシンジケートのボスと1対1で交渉する際に、"妊娠中だから"とコカイン吸入を拒否する場面は、ヘレナの芯の強さが出た名シーンだが、それはキャサリンがヘレナを自分の身に合わせてオーダーさせたからこその名演技だった。

『トラフィック』だけではない。ロブ・マーシャルのミュージカル『シカゴ』では、"オール・ザット・ジャズ"ナンバーのために、主役のロキシーからヴェルマに役を代わったり(おかげで?見事アカデミー助演女優賞受賞)、同じマーシャルの新作『ナイン』(フェリーニの『8 1/2』のミュージカル版)では変更が認められなかったために役を降りてさえいる。キャサリンは自分の長所をよくわきまえていて、どうすればそれが効果的にアピールできるかを知っている。そして、そんなセルフ・プロデュースを可能にする力を得たことが彼女の最大の強みなのである。

今40歳の女盛り。これからまだまだ活躍が期待できる。彼女なら、50歳になっても60歳になっても自分の魅力を最大限に発揮できる役を見つけ出すだろうし、なければ作らせてしまうだろう。そんなパワーを感じさせる大物女優である。

 
ちなみに、ベニチオ・デル・トロという表記は誤りで、プエルト・リコ生まれのデル・トロは、ベニシオとスペイン語読みする方が正しい(本人に確認済み)。脚本のスティーヴン・ギャガンも正しくはゲイガンと発音する。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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