映画の処方箋

Vol.011

『インサイダー』

右の頬を打たれたら、左の頬を打ち返せ―マイケル・マンの喧嘩流儀

最初マイケル・マンと私の相性は、それほどよくなかった。テレビで『刑事スタスキー&ハッチ』や『マイアミ・バイス』を見たこともなかったし、『ザ・キープ』や『刑事グラハム/凍りついた欲望』も見ていなかったから、マンの名を意識して見たのは『ラスト・オブ・モヒカン』からになる。正直言って、この映画は今もそれほど好きになれない。次の『ヒート』は、ロスの街頭ロケで撮影した銃撃戦のカッコよさにはしびれたが、その後、強盗メンバーと刑事の家庭の事情が計ったように繰り返し登場するのに辟易し、マイケル・マン信者の友人と口論になったことがある。その私が見事“改宗”を果たしたのが『インサイダー』である。改宗を友人に告白したら、“何を今頃”と散々バカにされたが、私は後悔していない。しかも、今年は『コラテラル』以来5年ぶりの監督作『パブリック・エネミーズ』の公開が12月に控えているのだから。

 さて、本題に入ろう。『インサイダー』を一言で表せば、煙草産業版『大統領の陰謀』と言えるだろう。主人公はアメリカ3大ネットワークの1つ、CBSの看板ニュース番組“60ミニッツ”のプロデューサー、ローウェル・バーグマン(アル・パチーノ)。哲学者マルクーゼに教えを受けた、生え抜きの新左翼である。あるとき彼のもとに匿名で巨大煙草産業フィリップ・モリス社の内部資料が送られてくる。特ダネの臭いを嗅ぎとった彼は、資料を読み解ける人物を探して、フィリップ・モリスと並ぶ巨大煙草産業ブラウン&ウィリアムソン社の元重役で、生化学博士のジェフリー・ワイガンド(ラッセル・クロウ)に辿りつく。B&W社をクビになったワイガンドは、守秘義務を盾に証言を拒むが、バーグマンの巧みな説得によって、“60ミニッツ”に出演し、看板記者マイク・ウォーレス(クリストファー・プラマー)のインタビューを受けるだけでなく、煙草の健康被害について、ミシシッピ州の法廷で証言することを承諾する。ここまでが映画の前半である。

実は、私は『インサイダー』の元になった“60ミニッツ”を、TBSの“CBSドキュメント”で見ていたので、内容は映画を見る前からよく知っていた。そのうえ、嫌煙度が強い非喫煙者なので、“巨大煙草産業の陰謀”(煙草が有害であることを知っていたばかりでなく、有毒性を増すような物質を煙草に添加していた)を耳にしても、これぐらいの汚いことは当然しているだろうと、さほど驚かなかった。もちろん、世間を揺るがせた実話の映画化だけに、映画巧者マイケル・マンは“真相の暴露”を目玉とせず(ラストシーンのあっさりしたこと!)、別のテーマを映画の軸に選んだ。それは何かといえば“男の闘い”である。

では、『インサイダー』の後半に移ろう。内部告発者ワイガンドを得て、バーグマンが煙草産業の不正を告発する番組を編集し終えたところで、上層部から横槍が入る。もしワイガンドの証言をそのまま放送すれば、CBS社は、B&W社から巨額な損害賠償訴訟を起こされることになり、大きな損害を被る可能性がある。しかもワイガンドの素性に怪しい点があり、証言が真実とは限らない。ゆえに、番組を再編集し、証言を一部カットしろと。バーグマンの上司ドン・ヒューイットとマイク・ウォーレスはこの案を呑むが、バーグマンはあくまでジャーナリストの信念を崩さず、そのためヒューイットから強制的に休みをとらされてしまう。そして…、ここから喧嘩巧者バーグマンの反撃が始まる。今度はバーグマン自身がインサイダーとなって、圧力に屈したCBSを告発することによって。

マイケル・マンの演出の基本はデュエル=決闘であると私は思う。その証拠に、ほとんどのシーンは登場人物1対1の“喧嘩”で成り立っている。まず、映画の中心にあるローウェル・バーグマン×ジェフリー・ワイガンドの対決、これはワイガンドがインサイダーとなる前半と、バーグマンがインサイダーとなる後半で、きれいなシンメトリーを構成している。個々のシーンでいえば、ワイガンドと上司サンドファー(マイケル・ガンボン、『ハリ・ポタ』の2代目校長だ)の対決、ワイガンドと妻(ダイアン・ヴェローナ)の対決、バーグマンとウォーレスの対決、バーグマンとCBSの法律担当重役ヘレン・カペレッリ(ジーナ・ガーション)の対決などなど。同じ画面に複数の人物がいる場合でも、必ず2人が均等に“喧嘩”するように構成している。脇役に至るまでビッグネームをキャスティングしているのは、双方の力を均等にして喧嘩を面白くするために違いない。面白い。『インサイダー』を見ると、マイケル・マンが嫌煙家かどうかはわからないが、かなりな喧嘩好きであることだけはよくわかる。そして、画面にみなぎる喧嘩特有のヒリヒリした緊張感にしびれたら、あなたもきっとマイケル・マン信者に改宗してしまうに違いない。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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