映画の処方箋

Vol.009

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

25年前へのタイムトラベル

今から振り返ると1980年代は興味深い時代だったと思う。経済は、もうすぐバブルがはじけることも知らず、このまま右肩上がりの成長が続くと信じられていた。政治は、東西の冷戦状態が安定期をすぎ、ベルリンの壁が崩れる直前の最終段階を迎えていた。ベトナム戦争は過去となるも、新たにテロとの戦いが始まろうとしていた。『ブレードランナー』が活写したように、未来が必ずしもバラ色ではないことを、人々が薄々感じとり始めていた、“洪水の前”のあの頃。

映画界もまた地殻変動の時代を迎えていた。コンピュータ技術の発達で撮影方法に改革が起こり、特撮を主体とした新しいエンターテイメント映画が生まれようとしていた。新しい流れの牽引者であり、これからハリウッドを背負って立つことになるスピルバーグが製作総指揮にあたり、『ロマンシング・ストーン/秘宝の谷』(1984)でクリーンヒットを飛ばしたばかりのロバート・ゼメキスが監督した『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)こそ、新時代の到来を告げる1本だった。

『BTTF』は、マッド・サイエンティストの“ドク”ことエメット・ブラウン博士(クリストファー・ロイド)の作ったタイム・マシンに乗って、高校生のマーティ・マクフライ(マイケル・J・フォックス)が30年前の自分の町に遡り、高校生の両親に出会うというストーリーである。SF映画の体裁をとってはいるが、単なるSFではなく、青春コメディ映画でもあるところが新しい着眼だった。原案者であるボブ・ゲイルによれば、映画のヒントになったのは、実家に帰ったときに父親の高校生のときのアルバムを見つけ、もし自分と父親が同級生だったらと想像したことだったという。30年前にタイムスリップしたマーティは、自分が知っている中年の両親とはまったく違う、自分と同世代の両親を発見する。気真面目だが、要領が悪く、トロい父親ジョージ(クリスピン・グローバー)、スリムで、魅力的で、びっくりするほど積極的な母親ロレイン(リー・トンプソン)。車に轢かれそうになったジョージを助けたおかげで、ロレインに惚れられてしまったマーティは、二人を結びつけ(自分を産んでもらうためにも)タイムパラドックスを修復するために、キューピッドの役割を果たさなければならなくなる。母親に迫られながら、息子が父親を励まして母親との仲をとりもつなんて…、面白〜い!

そして、もう1つの着眼が、30年のタイムラグをストーリーの隅々に活かしたところだ。スケボーやダウンベスト、カルバン・クラインのパンツといったマーティの1985年のファッション、1955年にダンスパーティで演奏するチャック・ベリーの“ジョニー・B・グッド”、レーガン大統領ネタ(ドクが、未来の米国大統領がロナルド・レーガンと知って、“だったら、副大統領はジェリー・ルイスで財務長官はジェーン・ワイマンか”という有名なギャグ。1955年の映画館では、俳優時代のレーガンが出演した『バファロウ平原』が上映されている)などなど。今思うと、この微細なこだわりこそ、9年後に『フォレスト・ガンプ』として結実する、ゼメキスらしい時代へ関心だったことが分かる。

そして、製作から25年を経て、パート2の描いた時代に近づいた今、改めて『BTTF』を見てみると、作品の描くタイムラグと、今の時代とのタイムラグの二重のタイムラグが、単なる娯楽作品以上の何かを映画に与えているように思う。マーティの屈託のない明るさと、どこにでも飛びこんでいくバイタリティは、まさに80年代のアメリカそのものだった。エリック・ストルツを降板させてまでマイケル・Jを使おうとしたゼメキスの決断は正しかった。マイケル・Jのいない『BTTF』など今では考えられないし、マイケル・Jにとってもマーティ・マクフライは一世一代の当たり役となった。時代の空気をいっぱいに詰めこみ、溌剌としたマイケル・Jが大活躍する『BTTF』こそ、1985年から現在に送られたタイムカプセルである。ジャン=リュック・ゴダールは“映画は死を記録する”と言ったが、今『BTTF』を見ることもまた、一種のタイムトラベルなのだと私は思う。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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