映画の処方箋

Vol.002

『SAYURI』

ハリウッドのジャポニズム

『シンドラーのリスト』のリーアム・ニーソンが、アカデミー賞の授賞式で外国語映画賞のプレゼンターとして滝田洋二郎監督にオスカー像を渡していた映像は記憶に新しいが、それから一と月もたたないうちに、ニーソン夫人のナターシャ・リチャードソンがスキー事故で亡くなってしまうなんて思いもよらなかった。カトリン・カートリッジが突然亡くなったときもショックだったが、これからイギリスを代表する女優として、すばらしい活躍が期待できた人たちだけに、とても残念だ。

さて、『おくりびと』のアカデミー外国語映画賞受賞は、2009年の日本映画界にもたらされたとびきりビッグなニュースだったが、派手なお祝い騒ぎと、“日本映画初の快挙”という報道を聞くたび、私はちょっと複雑な思いにかられる。たしかに外国語映画賞を受賞した日本映画は今までなかったが、外国語映画賞を受賞した日本人がいないわけではないからだ。1975年に『デルス・ウザーラ』で受賞した黒澤明である。『デルス・ウザーラ』はソ連映画扱いだったので、『おくりびと』が日本の“お初”であることには間違いないけれど、先人の功績にちょっとくらい触れたって、お祝い気分に水を差すことにはならないと思うのだ。

ハリウッドで活躍する日本人俳優といえば、戦前は早川雪洲、戦後は三船敏郎、今なら2003年に『ラスト・サムライ』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた渡辺謙ということになるだろう。早川雪洲の出世作はセシル・B・デミルの『チート』で、雪洲演じる裕福な日本人が、浪費家の人妻を我がものにしようとして、ついには彼女に焼き印を押すシーン(ただし、あわやというところで撃たれてしまう)が大評判になり、雪洲の精かんな顔立ちとセックス・アピール(焼き印はもちろん“セックス”の暗喩だ)がアメリカの女性たちに大受けし、一躍スターになったのだった。背の低い雪洲のため、ラブシーンで女優との位置を合わせるために専用のお立ち台が用意されたことから、“セッシュウ”という映画用語が誕生したのは有名な話。自分の名前が映画用語になるなんて、後にも先にも彼くらいだろう。他には“デ・ニーロする”くらいしか思い浮かばない。

“世界のミフネ”は、もちろん黒澤明作品のサムライのイメージ(タフで強い男)で欧米の女性の心をグッと掴んだのだし、渡辺謙も『ラスト・サムライ』から三船の路線を踏襲している。つまり、日本人男優がハリウッドで成功する要因の第一は、意外なことにセックス・アピールなのである。

私はハリウッド映画に登場する、どことなく変てこな日本が嫌いではない。座敷の中央に鯉の泳ぐ池があったり、判読できない奇怪な文字が書かれていたり、男女が意味なく混浴したり、目の吊り上がった“日本人メイク”を施した西洋人が出てきたり。プロダクション・デザイナーが想像力を発揮し(すぎ)て作りあげた、善意の誤解に満ち満ちた東洋の国には、奇妙な魅力がある。名匠デヴィッド・リーンの『戦場に架ける橋』でも、早川雪洲演じるサイトウ大佐のヘルメットにその片鱗が見えるし、交通網も情報網も発達した今になってもなお、明治の初めという時代設定にもかかわらず、『ラスト・サムライ』の真田広之は戦国時代のような鎧兜を着せられていた。ロブ・マーシャルの『SAYURI』は、そんなハリウッドの日本への偏愛が生み出した映画といえるかもしれない。

アーサー・ゴールデンの原作「さゆり」は京都が舞台だが、映画化の際、祇園での撮影が不可能だったので(スピルバーグは祇園にロケの可能性を打診したが、実現しなかった)、花街の場面はロサンゼルスにオープンセットを建てて撮影された。ご存知のように、京都は碁盤の目状に作られた都であるが、『SAYURI』の花街は、そんな常識をあっさり無視して複雑に入り組んでいる(観客の視線を“盗む”ための処置でもある)。その他、体育館のような歌舞練場や、竹を並べた置き屋の壁や、芸者の日本髪や着物の着こなしなど、おかしいところをあげたらキリがない。

いや、欠点をあげつらうと肝心の映画の面白さを見逃してしまうだろう。日本だと思うからおかしいのだ。日本ではなくて、日本によく似たどこか。映画の中にしか存在しないファンタジーの国だと思ったら、どうだろう? ハリウッドが再現したニッポンは、日本とはいえなくても、まるで錦絵のように美しいし、チャン・ツィイー演じるさゆりやミシェル・ヨーの豆葉は、祇園の芸者には見えなくても、まるで鈴木晴信の浮世絵美人のようだし、コン・リーの初桃は、どことなく竹久夢二の「黒船屋」のお葉に似ているではないか。晴信と夢二が一緒に登場するなんて、ハリウッド映画でしかありえないぶっ飛び方だ。そう、『SAYURI』には、150年前にゴッホやモネが憧れたのと同じ、ジャポニズムの魅力が溢れているのだ。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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