映画の処方箋

Vol.001

『シンドラーのリスト』

悪魔の美貌

ブライアン・シンガーの『ワルキューレ』を見ていて、シンガーも、ヒトラーおよびナチに興味を持つ人なんだな、と、いかにもおたくっぽい彼の顔写真を見ながら、今更ながらに納得してしまった。ヒトラーおよびナチと、彼らのとてつもない犯罪には、人間の心の奥の暗い部分を刺激する“毒”のようなものがあると私は思う。私にもヒトラーについて興味を持っていた時期があって、生い立ちを調べたり、「わが闘争」を読んでみたりしたことがあるからだ。私の興味は、どうしてあんな絶対的な悪がこの世に生れてしまったのか、だったが、ユダヤ系であるシンガーには、もっと屈折した理由があるのだろう。ただ、第三帝国内部に切り込んだ『ワルキューレ』は、見事なサスペンス映画に仕上がってはいるものの、『ゴールデンボーイ』と比べても、ナチの“毒”は大幅に薄まっていて、悪の面魂のようなものが見えてこないのが残念だった。

 『ワルキューレ』の物足りなさを埋めてくれる作品は何だろうと考えてみて、まっさきに浮かんできたのは、意外なことにスピルバーグの『シンドラーのリスト』だった。そして、実際に作品を見直してみて、改めてスピルバーグの凄さがわかってきた。

 『シンドラーのリスト』には2つの“悪”が描かれている。最初に登場する悪は、悪人としてのオスカー・シンドラーである。最初シンドラーは善人ではなく、軍にとりいって一財産作ろうとする小悪党にすぎない。社会的な地位をはく奪されたユダヤ人に投資させて琺瑯工場を作り、彼らの安い労働力を使って軍用鍋を生産し、「戦争こそチャンスだ」とばかり軍部とのコネを活用して大儲けする。ここまでで彼のやった善行があるとすれば、人格的にはるかに優れたユダヤ人会計士イザック・シュターンを右腕に抜擢し、彼にすべてを一任したことくらいだ。

シンドラーの“小悪”が順調に稼働する頃、第二の“悪”、本物の悪人アーモン・ゲートが登場し、彼との対比でシンドラーが善に転じていく。ネットを検索すると実在のゲートの写真が見られるが、貴公子の風貌を持つレイフ・ファインズとは似ても似つかないことがわかる。では、スピルバーグはどんなゲート像を創造しようとしたのだろうか。

収容所長に着任するやゲートはたちまちサディストの本性を露わにする。毎朝気まぐれに囚人を銃殺する、残忍で冷酷な一面を持ちながら、メイドにしたユダヤ娘ヘレン(エンベス・ダヴィッツ)に対しては、愛憎半ばする感情を持てあます。体は大人でありながら、精神的には少年以下という恐怖の権力者。スピルバーグは、ゲートをまるで赤ん坊のように無邪気で、それゆえ恐ろしい、罪悪感のない悪人として描いている。そんなイノセントな悪人こそ最も暗黒の悪人、悪魔なのだ、と。

最近、戦争をテーマにした映画を見るにつけ、悪の存在が希薄になってきているように思えてならない。悪をうまく描けなければ善を描くことはできないと私は思う。悪が暗ければ暗いほど善の光が増す。映画史上に残るアーモン・ゲートという悪魔を作り出し、それにレイフ・ファインズの美貌を与えたスピルバーグは、やはりただものではない。ちょっと長いけど、必見の名画である。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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