映画の処方箋

Vol.244

『ラッシュアワー』

アジアのジャキーを世界のジャッキーにした映画

 『ラッシュアワー』はジャッキー・チェンにとって複雑な思いを抱かせる映画らしい。初めて完成された映画を見たジャッキーは、“ショックで立ち直れないほど”がっかりしたという。にもかかわらず、『ラッシュアワー』は世界中で大ヒットし、シリーズ化され、しかも今年、クリス・タッカーとのコンビが復活し、『ラッシュアワー4』が製作されるという。ジャッキーをがっかりさせたのに世界中で大ヒットした『ラッシュアワー』とは、一体どんな映画なのだろう?

 舞台は97年、中国への返還直前の香港。中国の貴重な文化財を密かに持ち出そうとしていたジュンタオ一味を阻止したリー警部補(ジャッキー・チェン)は、その後ロサンゼルスに転任したハン領事(ツィ・マー)の娘が誘拐されるという事件が起こり、領事の要請でロサンゼルスにやってくる。誘拐事件を担当するFBIは、よそ者に口出しされたくないし、怪我でもされたら国際問題だと、ロス市警にリーを警護させ、捜査に近づかせないようにしようと画策する。その役目を仰せつかったのが一匹狼のカーター刑事(クリス・タッカー)だ。口八丁のカーターは囮捜査で爆弾犯(クリス・ペン)を追い詰めたものの、手違いから警官に怪我を負わせた上に、路上で爆弾を爆破させて、停職寸前、市警としてはちょうどいい厄介払いだった。こうして言葉も文化も性格も違う中国・米国二人の刑事がタッグを組んで、誘拐事件の捜査にあたることのなるのだが…。

 監督のブレット・ラトナ―は69年フロリダ生まれ。ニューヨーク大学で映画を学び、ミュージック・ビデオの監督から映画界に進出し、クリス・タッカーの初主演作『ランナウェイ』で長編監督デビュー。続く『ラッシュアワー』を大ヒットさせて、シリーズをすべて監督してマネーメイキング監督の列に加わった。現在では、主にプロデューサーとしてレオナルド・ディカプリオにアカデミー主演男優賞をもたらした『レヴェナント:蘇えりし者』、伝説のカントリー歌手ハンク・ウィリアムズをトム・ヒドルストンが演じた『アイ・ソー・ザ・ライト』などの製作を手がけている。

 主演のジャッキー・チェンは54年香港生まれ。10歳のときに京劇の学校へ預けられ、同窓のサモ・ハン・キンポーやユン・ピョウらと厳しい訓練を受けて育ち、やがて彼らと共に映画界に進出、ブルース・リーの出現で一気に人気ジャンルとなった香港カンフー映画のスターになっていく。彼らの伝説的な少年時代は、アレックス・ロウが『七小福』という映画にしているし、ジャッキーの複雑な生い立ちは、メイベル・チャンのドキュメンタリー『失われた龍の系譜 トレース・オブ・ア・ドラゴン』に詳しい。興味がある方はご覧になるといいだろう。やがてハリウッドにも進出したジャッキーはアジアというより、世界を代表するアクション・スターとなり、16年にはアカデミー名誉賞を授与された。ジャッキーの全盛期に作られた『プロジェクトA』や『ポリス・ストーリー/香港国際警察』を超える、体を張ったアクション映画は二度と現れないだろう。

 共演のクリス・タッカーは72年ジョージア州アトランタ生まれ。高校卒業後、ショービズ界で働くべくハリウッドに出て、スタンダップ・コメディアンとして舞台に立った。94年から映画界に進出、97年に『フィフス・エレメント』、『ランナウェイ』、『ジャッキー・ブラウン』の3本に出演、翌98年に『ラッシュアワー』が大ヒットとなり、シリーズ3作目の『ラッシュアワー3』では、当時ハリウッド最高の2500万ドルの出演料をとるまでになった。

 さて、『ラッシュアワー』にジャッキー・チェンが不満だったのは、他のジャッキー映画に比べてアクション度が物足りなかった点にある。骨の髄からエンターテイナーであるジャッキーは、危険なスタントを次々に考えだし、自ら挑んでいった。それを可能にしたのは、アクションに慣れた子飼いのスタッフと相手役がいたからだ。ところが『ラッシュアワー』は、ハン領事役のツィ・マーもサン役のケン・レオンも香港の俳優ではなく、中国系アメリカ人だし、その他のキャストもすべてアメリカ人で(グリフィン警視長役のトム・ウィルキンソンは英国人だが)、ジャッキーが単身ハリウッドに渡って客演した映画であることがわかる。ゆえに、いつもの体を張ったアクションではなく、チェイスや銃撃戦といったハリウッド式のアクションが多めになった感は否めない。それでも、自分のスタント・チームを使った福州飯店での椅子を使ったアクションや、中国博覧会での倒れる壺を使ったアクションは、コミカルで切れがあり、さすがジャッキーと思わせる。ラストの見せ場も、『ポリス・ストーリー/香港国際警察』で似たようなスタントがあったなとファンならば思うけれど、ジャッキーの映画を見たことのないアメリカやヨーロッパの観客には驚きだったろう。

 ジャッキー・チェン映画に『ビバリーヒルズ・コップ』風のテイストを掛け合わせた、ちょっと薄味だが、楽しめるアクション映画である。

ライター 斎藤敦子のプロフィール

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