映画の処方箋

Vol.202

『セッション』

サスペンス映画として見るべし。

 デイミアン・チャゼルの『セッション』は2014年にサンダンス映画祭で観客賞と審査員大賞を受賞、全米で公開されるや、新人監督のインディーズ作品ながら、たちまち大ブームを巻き起こし、その勢いに乗ってアカデミー賞3部門(助演男優、音響、編集)を獲得した話題作である。

 主人公は人々の記憶に残るドラマーになりたいという夢を抱えて名門音楽院に入学した青年アンドリュー・ニーマン(マイルズ・テラー)。新入生として主席奏者の横で譜めくりに甘んじていた彼は、厳しい指導で知られるフレッチャー教授(J・K・シモンズ)に見いだされ、彼のバンドにスカウトされる。教授の率いるスタジオ・バンドで認められればプロとしての道が開ける。はりきるニーマンは、フレッチャーの指導に応えるため、生活のすべてを練習に注ぎ込み、ついには恋人ニコル(メリッサ・ブノワ)とも別れてしまう。だが、フレッチャーの常軌を逸したしごきは、次第にニーマンを精神的に追い詰めていく…。

 原題のウィップラッシュとは“鞭打ち”のこと。映画の中で演奏されるジャズの曲名であり、フレッチャーがピシピシと鞭を振り下ろすように浴びせかける悪口雑言(日本語に翻訳しきれないほどひどい)でもあり、ひいてはニーマンの心に(交通事故のむち打ち症のように)刻まれたトラウマのことでもあるだろう。

 監督のデイミアン・チャゼルは1985年1月19日生まれ。ハーバード大学在学中にジャスミン・マクグレイドと出会い、2009年に彼女のプロデュースによる『ガイ・アンド・マデリン・オン・ア・パーク・ベンチ』で監督デビュー。ジャズのトランペット奏者を主人公にしたこの作品で注目され、『グランドピアノ 狙われた黒鍵』や『ラスト・エクソシズム2 悪魔の寵愛』の脚本を担当した後、2013年に短編『ウィップラッシュ』でサンダンス映画祭の短編審査員賞を受賞。これがきっかけで『セッション』を長編で製作・監督する道が開けた。3作目の『ラ・ラ・ランド』はライアン・ゴズリングがジャズ・ピアニストを、エマ・ストーンが女優の卵を演じるミュージカルで、9月のヴェネツィア映画祭でお披露目され、日本では来年2月に公開される。ちなみに、マクグレイドとは2010年に結婚したが、のちに離婚。彼女自身も2011年に長編監督デビューした。

 鬼教授フレッチャー役で見事アカデミー助演男優賞を受賞したJ・K・シモンズは1955年生まれ。父親が音楽教師で、大学では作曲を学んだ。彼の指揮がサマになっているのはこのときの経験のたまもの。卒業後は舞台俳優を経て映画に進出。サム・ライミの「スパイダーマン」シリーズの主人公ピーターの上司の編集長役や、TVシリーズ<ロー&オーダー>のスコダ医師役で知られ、現在までに180本近い作品に出演、名脇役として名高い。短編『ウィップラッシュ』でも同じフレッチャー役を演じていて、シモンズ以外の俳優は考えられないほどのはまり役である。

 マイルズ・テラーは1987年生まれ。高校時代に教会のバンドでドラムを担当していたことがあるという。ニューヨーク大学で美術と演技を学び、2010年に『ラビット・ホール』で長編劇映画デビュー。2011年には舞台版の<フットルース>に出演、映画化でも同じ役を演じた。その他、『ダイバージェント』、『恋人まで1%』、『きみといた2日間』などの出演作があるが、『セッション』が彼のキャリアのブレークスルーになったことは確かで、今後さらなる活躍が期待できる。

 海外では高評価ばかりの『セッション』だが、意外にも日本での評価は真っ二つに分かれた。特に音楽関係者からの反発が目立った。なぜか? 実は、『セッション』はジャズを扱ってはいるが、ジャズそのものを描いた映画ではない。ジャズの最も大事な要素である自由さや音楽の楽しさが描かれていないからだ。だからジャズ映画と勘違いして見に来た人が、がっかりしてしまったのだ。

 ならば『セッション』は何の映画か? 私はサスペンス映画だと思う。デイミアン・チャゼルがどんなテイストを持った監督かは、彼が脚本を書いた『グランドピアノ 狙われた黒鍵』を見るのが一番いいのだが、『セッション』は、チェット・ベイカーを描いた『ブルーに生まれついて』や、マイルス・デイヴィスを描いた『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』より、ヒッチコックの『レベッカ』に近い。鬼教授フレッチャーは、新妻ジョーン・フォンテインの一挙手一投足を死んだ前妻と比較し、批判するダンヴァース夫人であり、鬼教授を恐怖刺激としたサスペンス映画が『セッション』なのだ。

 ただし、ニーマンはダンヴァース夫人に怯えるだけのジョーン・フォンテインではない。人生の出発点で常軌を逸した師に出会ってしまった青年が、どうやって目の前に立ちふさがる壁(鬼教授=前妻の亡霊&ダンヴァース夫人)を撃退し、大人に脱皮するか、というイニシエーションの物語が『セッション』の核心であって、壁を打ち壊すクライマックスは爽快で、感動的だ。

ライター 斎藤敦子のプロフィール

前へ次へ

HOMEへ戻る