メルマガ

メルマガ限定コラム ムービー+1キーワード

「ブラック・スワン」

2013/12/06 更新

清楚な白から妖艶な黒への脱皮。

 最初に断っておくが、『ブラック・スワン』はバレエ映画ではない。バレエの世界を舞台にしてはいるが、ジャンルとしてはホラー映画に近い。なのでバレエ・ファンには、えーっと驚くところがあるかもしれないが、そこは大目に見ること。

 主人公はニューヨークでプリマ・バレリーナを目指すニナ(ナタリー・ポートマン)。元ダンサーだった母(バーバラ・ハーシー)の期待を一身に受けて、バレエ一筋に生きてきた優等生だ。バレエ団では長年プリマを務めたベス(ウィノナ・ライダー)が引退の時期を迎え、芸術監督のトマ・ルロワ(ヴァンサン・カッセル)は、シーズン開幕は新しいプリマで新解釈の官能的な<白鳥の湖>の公演をと発表、ニナにもチャンスが巡ってくる。しかしルロワは、内気で繊細なニナは、気品ある清楚な白鳥は踊れても、奔放で妖艶な黒鳥は無理だと断言。ライバルはサンフランシスコから移籍してきたばかりの新人リリー(ミラ・クニス)、まさにルロワの求める黒鳥そのものの存在である。キャストが発表され、意外にもニナが主役に抜擢された。しかし、その日から、さらに大きなプレッシャーが襲いかかり、追い詰められたニナは、次第に異様な幻覚に取り憑かれていく…。

 『ブラック・スワン』は、<白鳥の湖>というバレエの古典をモチーフにしながら、通常の白と黒の位置を逆転させたところに面白さがある。白を象徴する存在であったニナは、黒でないことで悩み、自分の中から黒い分身を生みだし、黒に脱皮しようとする。黒鳥に完璧に変身できたとき、ニナは過去の白い自分を“抹殺”し、地獄へ“落下”する。ここでは白の清潔さ、高貴が、弱さ、幼さとして否定され、成熟した妖艶さとしての黒が圧倒的な優位に立つ。このあたりが、いかにも現代的な視点だと思う。

 監督のダーレン・アロノフスキーは『π』でデビューし、インディペンデント系ながら『レクイエム・フォー・ドリームス』でハリウッド期待の新星として注目を集めるも、製作に6年かけた『ファウンテン』で思わぬ苦杯をなめる。しかし、『レスラー』でヴェネチア映画祭金獅子賞を獲得。『ブラック・スワン』では興行的にも成功を収め、完全復活した。新作は旧約聖書の<ノアの方舟>の物語を、CGをたっぷり使ってスペクタクル映画にした『ノア 約束の舟』で2014年6月日本公開。

 『ブラック・スワン』の成功の鍵は、演技力があってバレエが踊れる女優をいかに見つけるかにあった。ナタリー・ポートマンはその期待に応えて、見事なバレリーナ体型にシェイプアップし、アカデミー賞主演女優賞受賞。子供の頃にダンスを習っていたとはいえ、本物のバレリーナに見えるところまで鍛えたところは凄い努力家だと思う。が、さすがにプロのバレリーナではないので、足のアップや、難しい動きは吹き替えになっている(スタジオの鏡の屈折を利用したところなどの処理が見事)。CG技術の発展が恩恵をほどこしたのはSF映画ばかりではない。バレエ指導と振付を担当したのは、振付家でダンサーのバンジャマン・ミルピエ(王子役も)で、撮影後、ナタリー・ポートマンと結婚した。

 ライバルのリリーを演じたミラ・クニスはこの演技でヴェネチア映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞。ニナの母親を演じたバーバラ・ハーシーは、名匠マーティン・スコセッシの長編デビュー作『明日に処刑を…』でヒロインを演じたベテランで、ウッディ・アレンの名作『ハンナとその姉妹』の三女役が忘れられない。プリマを追われるベス役のウィノナ・ライダーは、ジョニー・デップの元婚約者(当時はジョニデより、ずっと有名だった)で、90年代のアメリカ映画の女神としてティム・バートン、スコセッシ、コッポラ、ジャームッシュ、カンピオンなどの名作に次々に出演した。アメリカ映画を代表する3世代の女優の競演が見られるのも楽しみの1つだ。

ライター:齋藤敦子
映画評論家。パリで映画編集を学んだ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなる。 G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。最新作は「麦の穂をゆらす風」。 「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫) 「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。 当サイトの「映画の処方箋」でも隔週連載中。