メルマガ

メルマガ限定コラム ムービー+1キーワード

ロード・オブ・ザ・リング

2011/12/22 更新

 歴史上最も有名な指輪といえば、旧約聖書に登場するソロモン王の指輪だろう。大天使ミカエルから授けられたこの指輪の力で、ソロモン王は天使と悪魔を従わせたという。 古来、指輪は魔法の力を持っているのだ。音楽ファンにとって"指輪"といえば、リヒャルト・ワーグナーの楽劇<ニーベルングの指環>である。 ラインの黄金で作られた、全世界の支配を可能にする力を持つ指環をめぐる神々と人間との戦いのこの物語を、ワーグナーは30年近い歳月をかけて作曲し、通しで上演すると15時間もかかる長大な作品に作り上げた。
 が、映画ファンにとって "指輪"と言えば、ピーター・ジャクソンの『ロード・オブ・ザ・リング』3部作のこと。 原作はもちろんJ・R・R・トールキンの<指輪物語>で、トールキンが10年の歳月をかけて1948年に完成したファンタジー文学の金字塔である。 トールキンの"指輪"もワーグナーの"指環"も、どちらも北欧神話から着想を得ていて、これには19世紀頃から世界的に神話の研究が発達したという歴史的背景がある。
 トールキンの<指輪物語>は何度か映画化の試みがなされてきたが、その都度、失敗に終わった。1978年のラルフ・バクシによるアニメ版は、製作途中で資金が尽き、2時間を超える、アニメとしては異例の長さにもかかわらず、物語のとば口で未完に終わった。 だから、ピーター・ジャクソンが3部作として映画化を発表したときに、完成を危ぶむ声があがったのは当然だろう。一時、本当に危なかったようだ(途中で製作会社が変わった)が、3作を一度に撮影するという方法を編み出して、ついに撮り上げてしまった。
 『ロード・オブ・ザ・リング』の題名の"指輪"が複数形なのは、冥王サウロンが作らせた指輪が1個ではないから。まず19個作らせ、3個をエルフに、7個をドワーフに、9個を人間に渡し、その後、すべてを支配できる最強の指輪を1個、密かに作らせた。『ロード・オブ・ザ・リング』で語られるのは、サウロンの残虐さと支配欲が込められた、この最強の指輪のことだ。
 まずはあらすじを。昔々、世界を支配しようとするサウロンと、エルフと人間の同盟軍が戦ったときに、サウロンの指ごと切り落とされた指輪は、3000年の歳月のうちに、 ゴラムの手を経て、今はホビット庄に住むビルボ・バギンズ(イアン・ホルム)の手に渡っている。魔法使いガンダルフ(イアン・マッケラン)は、サウロンの追っ手が指輪を捜していることを知り、 ビルボから財産と指輪を譲りうけた養子のフロド(イライジャ・ウッド)に指輪の由来を教え、ブリー村の"踊る子馬"亭で落ち合うことを約束して彼を逃がす。 サム(ショーン・アスティン)、ピピン(ビリー・ボイド)、メリー(ドミニク・モナハン)を連れて"踊る子馬"亭に到着したフロドは、なかなか現れないガンダルフを待つ間、追っ手に追いつかれ、 危ういところをストライダーと呼ばれる男(ヴィゴ・モーテンセン)に救われる。男は本名をアラゴルンといい、サウロンの指を切り落としたイシルドゥアの末裔だった。 アラゴルンはフロドたちを連れて裂け谷へ向かい、エルフのエルロンド(ヒューゴ・ウィーヴィング)に助けを求める。エルロンドは種族の代表を集め、フロドが持ってきた指輪をどうするか話し合う。 ゴンドールの執政の跡取り息子ボロミア(ショーン・ビーン)は、指輪の力でサウロンと戦おうと提案するが却下され、結局はフロドが滅びの山に行き、指輪を葬ることを決意する。 彼を守るため、サム、ピピン、メリー、ガンドルフ、アラゴルン、ボロミア、ドワーフのギムリ(ジョン・リス=デイヴィス)、闇の森の王国の王子で弓の達人レゴラス(オーランド・ブルーム)が同行を申し出て、 こうして9人の"旅の仲間"が結成され、冥王サウロンの国モルドールにある滅びの山に向かうことになるのだが…、というのが大まかな流れである。
 ピーター・ジャクソンが『ロード・オブ・ザ・リング』で成し遂げたことはいろいろあるが、1番大きかったのは、ファンタジー文学の映画化の大流行を招いたことだと思う。 この映画の大ヒットがきっかけで、トールキンの親友でもあったC・S・ルイスの<ナルニア国ものがたり>や、フィリップ・プルマンの<ライラの冒険>などが次々に映画化されることになった。 ジャクソンは、複雑で深い<指輪物語>の世界を、ばっさりとダイジェスト化し、ビジュアル中心のアクション映画に仕立てているが、この"ダイジェスト化"の腕前が、他のファンタジー文学の映画化作品に比べ、一歩抜きんでていると私は思う。 原作ファンには枝葉が切り落とされすぎて物足りないと思う人もいるようだが(全3作合わせて9時間20分もあるのに)、映画には映画の楽しみ方がある。 ニュージーランドの自然をふんだんに利用したロケと最先端のCGで創り上げたビジュアル、もちろん映画ファンとしてヴィゴ・モーテンセンとオーランド・ブルームの好演は忘れがたい。 原作には原作の、映画には映画の良さがある。どちらでも好きな方を好きなように楽もう。

ライター:齋藤敦子
映画評論家。パリで映画編集を学んだ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなる。 G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。最新作は「麦の穂をゆらす風」。 「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫) 「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。 当サイトの「映画の処方箋」でも隔週連載中。