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コラム「映画の処方箋」
映画の処方箋(83)『ニュー・シネマ・パラダイス』映画評論家 斉藤敦子/映画祭で受賞するということ。

海から爽やかな風が吹き込んでいる部屋で、老いた母親がローマに住む息子サルヴァトーレ(ジャック・ペラン)に電話を掛けている。ローマで映画監督をしている彼は、仕事で忙しく、もう30年も故郷に帰っていない。妹は諦め顔で「知らせても無駄だ、もう忘れているに違いない」と嘆く。それはサルヴァトーレが幼い頃から父親のように慕っていた映写技師アルフレード(フィリップ・ノワレ)が死んだという知らせだった。深夜帰宅し、訃報を聞いたサルヴァトーレの思いは遙か昔に遡る。戦後まもないシチリア。戦争で父親を亡くし、内職と幼い妹の世話で忙しい母親にほっておかれた彼は、映画館パラダイス座に入り浸り、頑固な映写技師アルフレードと仲良くなって、映画の扱い方を始め、様々なことを彼から教えてもらったのだった…。

誰もが一度は聞いたことがあるエンニオ・モリコーネの郷愁を誘うメロディー、子供時代のサルヴァトーレを演じたトト・カシオ少年の愛くるしい笑顔、名優フィリップ・ノワレの燻し銀の演技、貧しくも愛すべきシチリアの人々の生活、胸を打つラスト・シーン…。監督は長編映画2作目、弱冠33歳の新鋭ジュゼッペ・トルナトーレ。アカデミー賞外国語映画賞を始め、世界中の映画賞を受賞した“映画史上に燦然と輝く、感動映画の金字塔”(DVDジャケット)という宣伝文句にも納得の名作である。けれども、私にとっての『ニュー・シネマ・パラダイス』は、単なる作品という以上に、映画祭で受賞するということはどういうことかを教えてくれた、忘れられない映画である。

『ニュー・シネマ・パラダイス』がカンヌ映画祭のコンペティション部門に出品されたのは1989年。審査員長は1984年に『パリ、テキサス』でパルム・ドールを獲ったヴィム・ヴェンダースだった。私にとっては4回目のカンヌで、そろそろ映画祭というものに馴れてきた時期。その年のラインナップは、スパイク・リー『ドゥ・ザ・ライト・シング』、ジム・ジャームッシュ『ミステリー・トレイン』、エミール・クストリッツァ『ジプシーの時』、パトリス・ルコントの『仕立屋の恋』、今村昌平の『黒い雨』など。下馬評で圧倒的に人気があったのが『ニュー・シネマ・パラダイス』だった。ところが、パルム・ドールを受賞したのはダークホースどころか、誰もが無印だったスティーヴン・ソダーバーグの長編デビュー作『セックスと嘘とビデオテープ』。『ニュー・シネマ・パラダイス』は次点の審査員特別賞で、それもベルトラン・ブリエの『美しすぎて』と同時受賞だった。これには唖然とした。今考えても、とても不可解な受賞結果だった。

しかし、映画祭通いを続けていくうちに、自分でも批評家賞の審査員をやったりして、映画祭の賞の配分には映画祭と審査員の微妙な力学が反映されることがわかってきた。そのよい例がロベルト・ベニーニの『ライフ・イズ・ビューティフル』だ。『ニュー・シネマ・パラダイス』から9年後の1998年にカンヌ映画祭のコンペティション部門に出品され、同じように下馬評で圧倒的に人気があったにもかかわらず(アカデミー賞外国語映画賞を受賞したことまで同じだ)、パルム・ドールはテオ・アンゲロプロスの『永遠と一日』に行ってしまった。この時の審査員長はマーティン・スコセッシである。映画祭で賞を獲るには、作品の出来が素晴らしいのはもちろんだが、その他にプラスアルファの力が必要だ。特に審査員長が賞をあげたいと思うかどうかが鍵なのである。

『ニュー・シネマ・パラダイス』で惜しくもパルム・ドールを逃したトルナトーレは、翌90年に『みんな元気』を、94年に『記憶の扉』をコンペティション部門に出品したが、受賞には至らなかった。ちなみに90年はベルナルド・ベルトルッチ審査員長、パルム・ドールはデヴィッド・リンチの『ワイルド・アット・ハート』、94年はクリント・イーストウッド審査員長、パルム・ドールは『パルプ・フィクション』で、トルナトーレのようなウェルメイドな作品が大きな賞を受賞する時代ではなくなっていた。その後、トルナトーレは『海の上のピアニスト』、『マレーナ』、『シチリア!シチリア!』といった秀作を撮り続けてはいるが、95年以降は軸足をヴェネチアやローマの映画祭に移し、カンヌには戻っていない。

『ニュー・シネマ・パラダイス』を見るたびに、あの年、トルナトーレがパルム・ドールを獲っていたら、あるいはソダーバーグがパルム・ドールを獲らなかったら、その後の二人はどうなっていただろうと思うことがある。おそらくトルナトーレは賞に関係なく活躍しただろうが、ソダーバーグの映画人生は大きく変わっていたに違いない。たかが映画祭、されど映画祭。さて、今年の審査員長ナンニ・モレッティは、どんな映画にパルム・ドールをあげたいと思うだろう?

映画の処方箋(82) 第65回カンヌ映画祭ラインナップ by 齋藤敦子ブルース・ウィリスからオドレイ・トトゥまで、今年のカンヌを盛り上げるスター達。

フランス大統領戦の影響で、今年はちょっと遅めの5月16日に開幕する第65回カンヌ映画祭。今年のイメージ・キャラクター(ポスター)は、没後50周年を迎えるマリリン・モンローだ。16日のオープニングを飾るのは、ウェス・アンダーソン監督の『ムーンライズ・キングダム』。映画は『ダージリン急行』のアンダーソンらしい、ボーイスカウトのキャンプを舞台にしたオフビートなコメディ(らしい)で、出演はブルース・ウィリス、エドワード・ノートン、ビル・マーレーら(以下、映画のタイトルはすべて原題を仮に訳したものです)

19日に発表になったコンペティション部門のラインナップを見てみよう。残念ながら、日本映画はゼロ。去年ゼロだった韓国映画は、ホン・サンス監督、イザベル・ユペール主演の『他国で』、イム・サンス監督『金(マネー)の味』の2本をエントリーし、雪辱を果たした。ただし、イランのアッバス・キアロスタミ監督『ライク・サムワン・イン・ラブ(恋する誰かのように)』は、日本の製作で、主演は高梨臨(『侍戦隊シンケンジャー』のシンケンピンク役)だから、ある意味“日本映画”と言えるかもしれない。

今年の特徴はベテラン勢が多いこと。新人監督の作品は1本もなく、すでにパルム・ドールを受賞した監督が4人エントリー。内訳は、前述のアッバス・キアロスタミ(1997年『桜桃の味』)、『天使の分け前』のケン・ローチ(2006年『麦の穂を揺らす風』)、『丘の向こう側』のクリスティアン・ムンジウ(2007年『4ヶ月、3週と2日』)、『愛』のミヒャエル・ハネケ(2009年『白いリボン』)である。

彼ら以上の大ベテランと言えるのが、『お楽しみはこれからだ』のアラン・レネ監督。レネはトリュフォーやゴダールと並ぶヌーヴェル・ヴァーグを代表する名監督で、ヴェネチア映画祭では『去年マリエンバートで』で1961年に金獅子賞を受賞しているが、カンヌの大賞はまだ。レネ以上にフランス勢の目玉といえるのは、完全復活したレオス・カラックスの『ホーリー・モーターズ』だろう。カラックスは2008年にオムニバス映画『TOKYO!』の1編を監督しているが、長編は1999年の『ポーラX』以来13年ぶりなのだ。そして、2009年に『預言者』が(ハネケのおかげで)惜しくもパルムを逃したジャック・オーディアール監督の『錆と骨』も楽しみ。主演は最近アメリカ映画の出演が多いマリオン・コティヤール。フランス映画は以上の3本だが、フランスは開催国としてコンペに4本の枠を持っているので、もしかすると昨年の『アーティスト』のように、ぎりぎりでラインナップに“格上げ”になる映画があるかもしれない。

クロージングを飾るのは、先頃急逝したクロード・ミレール監督の遺作『テレーズ・デスケルウ』。1927年に発表されたフランソワ・モーリアックの同名小説の映画化で、夫を毒殺しようとする怖い妻をオドレイ・トトゥが演じる。ミレールは、シャルロット・ゲンズブールの出世作『なまいきシャルロット』の監督として有名だが、ゴダールやトリュフォーの製作助手として映画界に入った人で、最後のヌーヴェル・ヴァーグ世代といっていい。まだゴダール、レネという大物は存命だが、ヌーヴェル・ヴァーグとその時代がますます遠ざかっていくことを感じる。

さて、今年の台風の目になりそうなのは、なんといってもデヴィッド・クローネンバーグ監督の『コズモポリス』だろう。ジョン・デリーロの同名小説の映画化で、大金持ちの若き投資家の姿を通して現代という時代の危うさを描いたもの。主演は『トワイライト・サーガ』シリーズのロバート・パティンソンだ。ブラジル人のウォルター・サレス監督がジャック・ケルアックの<路上>の映画化に挑戦した『オン・ザ・ロード』も楽しみ。主演は『コントロール』のサム・ライリーだ。

加えて、リー・ダニエルズ監督、ザック・エフロン主演の『ペーパーボーイ』、アンドリュー・ドミニク監督、ブラッド・ピット主演の『キリング・ゼム・ソフトリー(奴らを優しく殺せ)』、ジョン・ヒルコート監督、トム・ハーディ、シャイア・ラブーフ主演の『ロウレス(無法者)』、ジェフ・ニコルズ監督、マシュー・マコノヒー、リース・ウィザースプーン主演の『マッド』といったアメリカ勢がコンペを圧倒。今年もまたレッドカーペットを歩くスター達が映画祭を華やかに盛り上げてくれるだろう。