THE 89th ACADEMY AWARDS アカデミー賞2017

映画評論家 斎藤敦子のコラム「映画の処方箋」

『アカデミー賞受賞結果』2017/03/01 UP

波乱は最後に起こった!?

『ラ・ラ・ランド』の圧勝に終わるかに思えた第89回アカデミー賞だが、最後に波乱が待っていた。クライマックスで『俺たちに明日はない』の名コンビ、ウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイが読み上げた作品賞は『ラ・ラ・ランド』、だが、それは渡された封筒の間違いで、本当の受賞作は『ムーンライト』だったのだ。受賞を知った監督兼プロデューサーのバリー・ジェンキンスが驚きのあまり呆然と立ち尽くす姿が忘れられない。

今年は予想通り“政治的”な年になった。外国からの才能を受け入れ、繁栄してきたハリウッドが、今のトランプ政権の方針に反対なのは明白で、壇上も会場も反トランプで一致。その意味では、“白いアカデミー”との批判に応えるために、意図的に“黒い授賞式”を演出した昨年よりも和気あいあいとした雰囲気だった。司会のジミー・キンメルは初めからトランプを揶揄するギャグを連発したし、ガエル・ガルシア・ベルナルをプレゼンターにしてメキシコ人の立場から壁反対を言わせたのも、“言うべきときに言うべきことを言う”アカデミー協会の意志を感じさせた。

けれども『ムーンライト』が最高の栄誉を獲得したのは、決して政治的配慮からではない。映画が素晴らしいからだ。もちろん黒人、性的マイノリティーといったテーマの後押しがあったとはいえ、『ラ・ラ・ランド』の勢いを止められたのは、映画の持つ力だと私は思う。少なくとも私には『ラ・ラ・ランド』よりもずっと感動する映画だった。《続きを読む》

『リンカーン』2017/02/24 UP

娯楽映画の巨匠がスリリングに描く歴史の瞬間

エイブラハム・リンカーンは奴隷解放と南北戦争の危機を乗り越え、歴代アメリカ大統領の中で最も偉大とされる偉人である。彼の生涯と数々の名演説、悲劇的な暗殺事件、それにリンカーン記念堂の石像まで含めると、何度映画に登場したか分からないアイドル的存在でもある。それだけ“手垢”がついたリンカーン像に、世界で一番有能な娯楽映画監督スピルバーグが挑戦したのが『リンカーン』で、2012年度のアカデミー賞12部門にノミネートされ、主演男優賞と美術賞を獲得した。

スピルバーグが焦点を当てたのは、リンカーンの人生全般ではない。再選を果たしたリンカーンが、奴隷制度の撤廃を定めた憲法修正13条を議会に認めさせるまでの戦いという、今まであまり触れられなかった歴史の裏側だ。

物語は1864年、ジェンキンスフェリーの戦いの後、北軍の黒人兵士が、慰問に来たリンカーン(ダニエル・デイ=ルイス)の前で、ゲティスバーグ演説(“人民の、人民による、人民のための政治”で有名)を暗唱してみせるところから始まる。翌1865年1月、南北戦争が北軍の勝利に傾きつつある中、リンカーンは奴隷解放を確実にするため、憲法修正13条を議会で成立させようとしていた。だが、与党の共和党が全員賛成しても、民主党議員20名が賛成に回らないと可決しない。リンカーンはスワード国務長官(デヴィッド・ストラザーン)や長老ブレア議員(ハル・ホルブルック)らと多数派工作を図る一方、密かにロビイストのビルボ(ジェームズ・スペイダー)に民主党議員を買収させようとする。だが、共和党にも修正案を生ぬるいと批判する急進派のスティーヴンス議員(トミー・リー・ジョーンズ)がいた。同じ頃、南部連合から停戦交渉のための使節団がやってくる。停戦が成立してしまうと、奴隷解放こそ戦争終結の早道というリンカーンの主張は崩れてしまう。奴隷解放が先か、戦争の犠牲者をこれ以上出さない方が先か、リンカーンは究極の選択を迫られる。《続きを読む》

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『アカデミー賞ノミネート』2017/02/03 UP

各賞を制覇し、波に乗る『ラ・ラ・ランド』の圧勝なるか?

1月24日に発表になった第89回アカデミー賞ノミネート。渡辺謙がプレゼンターに選ばれた今年のノミネート発表は、これまでの記者会見方式ではなく、アカデミー協会本部からのライブ配信という新しい方式に切り替わった。これでネットに繋がっていれば、世界のどこからでも同時にノミネートを知ることができるようになった。とはいえ、授賞式は放映権のある放送局でしか見られませんが。

では、ノミネート作品を見ていこう。今年の目玉は何といっても13部門14(主題歌賞が2曲)という史上最多ノミネートを獲得したデイミアン・チャゼル監督の『ラ・ラ・ランド』だ。時代に乗れないジャズピアニストのライアン・ゴスリングと、映画スタジオのカフェで働きながら女優を目指すエマ・ストーンとのラヴ・ストーリーをミュージカル仕立てで描く。といっても、明るく楽しいハリウッド式ではなく、ほろ苦いヨーロッパ・テイストを加えたところが新しい。ゴールデングローブ賞ではノミネートされた7部門完全制覇という快挙を成し遂げ、今一番波に乗っている作品だ。

本命『ラ・ラ・ランド』に対抗するのは8部門にノミネートされた『ムーンライト』と『メッセージ』の2本。だが、作品賞に最も近いと思われるのが、ゴールデングローブ賞でも作品賞を受賞した『ムーンライト』だ。マイアミの貧しい地区で生まれた黒人少年が、暴力と麻薬がはびこる街でアイデンティティを求めながら成長していく姿を、少年・青年・成人の3つの時代で描いたヒューマンドラマ。監督は長編2作目のバリー・ジェンキンス。麻薬のディーラーを演じたマハーシャラ・アリが助演男優賞の最右翼である。《続きを読む》

『セッション』2016/12/02 UP

サスペンス映画として見るべし。

デイミアン・チャゼルの『セッション』は2014年にサンダンス映画祭で観客賞と審査員大賞を受賞、全米で公開されるや、新人監督のインディーズ作品ながら、たちまち大ブームを巻き起こし、その勢いに乗ってアカデミー賞3部門(助演男優、音響、編集)を獲得した話題作である。

主人公は人々の記憶に残るドラマーになりたいという夢を抱えて名門音楽院に入学した青年アンドリュー・ニーマン(マイルズ・テラー)。新入生として主席奏者の横で譜めくりに甘んじていた彼は、厳しい指導で知られるフレッチャー教授(J・K・シモンズ)に見いだされ、彼のバンドにスカウトされる。教授の率いるスタジオ・バンドで認められればプロとしての道が開ける。はりきるニーマンは、フレッチャーの指導に応えるため、生活のすべてを練習に注ぎ込み、ついには恋人ニコル(メリッサ・ブノワ)とも別れてしまう。だが、フレッチャーの常軌を逸したしごきは、次第にニーマンを精神的に追い詰めていく…。

原題のウィップラッシュとは“鞭打ち”のこと。映画の中で演奏されるジャズの曲名であり、フレッチャーがピシピシと鞭を振り下ろすように浴びせかける悪口雑言(日本語に翻訳しきれないほどひどい)でもあり、ひいてはニーマンの心に(交通事故のむち打ち症のように)刻まれたトラウマのことでもあるだろう。《続きを読む》

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『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』2016/09/09 UP

世界で最も有名な暗号を解読した天才数学者の悲劇

『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』は2015年のアカデミー賞8部門にノミネートし、男優賞候補となった主演のベネディクト・カンバーバッチを一躍、演技派スターとして認知させた作品だ。映画のテーマは解読不可能といわれた暗号“エニグマ”の解読、ではなく、エニグマを解いた天才数学者アラン・チューリングの悲劇的人生である。

1951年、アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)の家に何者かが侵入し、マンチェスター警察のロバート・ノック刑事(ローリー・キニア)が捜査に来る。刑事は、何も盗られていないと主張するチューリングに不審なものを感じ、彼を呼び出して取り調べることにする。1939年、イギリスがドイツに宣戦布告した翌日、ブレッチリー無線機器製造所の名の下、極秘でドイツの暗号解読を進めていた暗号センターの長官デニストン海軍中佐(チャールズ・ダンス)を一人の男が訪ねてくる。それがケンブリッジ大学の若き天才数学者アラン・チューリングだった。彼はチェスのチャンピオン、ヒュー・アレグザンダー(マシュー・グード)を長とする解読チームの一員として解読作業に加わることになる。チューリングはエニグマという機械に対抗するには機械しかないと、暗号解読機を設計するが、その制作には莫大な資金が必要だった。チューリングはチャーチル首相に直訴する手紙をMI6のミンギス(マーク・ストロング)に託し、それが通ってチームの責任者に任命されるが、ますます仲間から孤立してしまう。それを救ったのが、難解なクロスワードパズルを解いて、新たにチームに加わることになったジョーン・クラーク(キーラ・ナイトレイ)だった。彼女のおかげで仲間と打ち解け、チームが少しずつまとまり始めるなか、ついに解読機が完成する。しかし、解読のための計算量が膨大すぎてドイツ軍の暗号のセッティング変更に追いつかない。腹をたてたデニストン中佐は、解読機を破壊し、チューリングをクビにするよう命じるが、その前に立ちはだかったのはチームの仲間たちだった…。《続きを読む》

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『ライフ・イズ・ビューティフル』2016/05/06 UP

強制収容所を舞台にした、笑えて泣ける、感動のおとぎ話

『ライフ・イズ・ビューティフル』は1998年の第51回カンヌ国際映画祭でグランプリを獲り、翌99年のアカデミー賞で主演男優賞と外国語映画賞をダブル受賞した感動のヒューマン・コメディだ。ちなみに同年のカンヌ映画祭で最高賞のパルム・ドールを獲得したのはテオ・アンゲロプロスの『永遠と一日』、審査員長はマーティン・スコセッシだった。

この映画がすごいのはナチの強制収容所を“コメディ”として笑い飛ばしていること。ホロコーストがあまりにも重い歴史的事実だけに、それを笑うとは不謹慎だという人がいるかもしれない。けれども、ロベルトの父ルイジ・ベニーニは実際に1943年から45年までベルゲン=ベルゼン強制収容所に入れられた人であり、その時の体験を父から聞いて育った息子が、大人になってコメディアンになり、コメディという形で父の悪夢を昇華させたと考えると胸に迫るものがあるのではないだろうか。

時は1939年。グイド(ロベルト・ベニーニ)は友人のフェルッチョ(セルジョ・ブルトリック)を伴い、伯父さん(ジュスティーノ・デュラーノ)を頼ってアレッツォにやってくる。伯父さんは町一番のグランド・ホテルで長年給仕をしながら、珍しい品物をコレクションし、ロビン・フッドという馬を駆っている愉快な老人だ。本が大好きなグイドは町で本屋を開くのが夢。さっそく役所に開業の申請に行くが、担当の意地の悪い局長を怒らせてしまい、仕方なく伯父さんの下で給仕として働き始める。町に来る途中で偶然出会った娘ドーラ(ニコレッタ・ブラスキ)に一目ぼれしたグイドは、小学校教師の彼女に猛烈アタック。ドーラの母親(マリッサ・パレデス)はドーラの幼馴染の局長と結婚させたがっていたが、知事を招いてグランド・ホテルで開かれたパーティで、局長やファシスト党の権力者たちの話にうんざりしたドーラは、ロビン・フッドに乗って助けにきたグイドと共にパーティを逃げ出し、めでたく結ばれる。そして数年後。グイドとドーラにはジョズエ(ジョルジオ・カンタリーニ)という息子が生まれ、家族三人で幸せに暮らしていた。しかし、この町にもユダヤ人狩りの波が押し寄せてきた。伯父さん、グイド、ジョズエが収容所へ送られることになり、一人残ったドーラも後を追う。収容所に着いたグイドは、どんなことがあっても息子を守ろうと決意し、得意の空想力を発揮して、すべてがまるで1等賞の戦車を貰うための遊びであるよう、ジョズエに信じ込ませる…。《続きを読む》

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『ハート・ロッカー』2012/06/22 UP

アカデミー賞初の女性監督による革新的な戦争映画。

2009年のアカデミー賞は、キャスリン・ビグローの『ハート・ロッカー』とジェームズ・キャメロンの『アバター』が9部門ずつノミネートし、“元夫婦対決”と話題になったが、結果として作品賞、監督賞、脚本賞など6部門を制したビグローが、アカデミー史上初の女性監督による作品・監督賞受賞の栄冠を手にした。授賞式後、負けたキャメロンがビグローを讃えていたのが印象的だったが、実は、ビグローに『ハート・ロッカー』の監督を引き受けるよう勧めたのはキャメロンだったと後から聞いた。この二人、結婚している期間は短かったにせよ、いまだに同志愛で結びついているのだなと微笑ましかった。キャメロンにとって、ビグローはベターハーフ(つれあい)というよりは、一種のアルターエゴ(別人格)なのかもしれない。

3DとCGの最先端技術を駆使して作られた製作費237億円の大作『アバター』が革新的な作品であるのと同様、製作費わずか11億円の小品『ハート・ロッカー』もまた、見事に革新的な作品である。主人公はイラク戦争に従軍中の爆弾処理班ブラボー分隊。爆死したトンプソン軍曹(ガイ・ピアース)に代わって、新たに爆弾処理の専門家ジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)が赴任してくる。ジェームズをサポートするのがサンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)とエルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)で。この3名で、敵か味方かわからない民間人に囲まれ、市街地の地面や車に仕掛けられた爆弾を処理するという危険な任務だ。除隊まで残り38日を無事に終えたいと思っているサンボーンだが、マニュアルを無視したジェームズの命知らずのやり方に反感を抱く。だが、砂漠の真ん中で遭遇した傭兵の一行が襲われたところを、力を合わせて切り抜けたことで、次第に打ち解け始める。ところが、ある日、テロリストの爆弾工場で、ベッカムという名のDVD売りの少年そっくりの死体を発見したジェームズは、危険を顧みずに単独で非戦闘地帯へ入っていくのだが、そのことがさらに危険を招く結果になる…。《続きを読む》

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料理家 渡辺ひと美のカンタン!レシピ「おうちで映画ごはん」

映画『マイ・フェア・レディ[4Kデジタル・リマスター版]』より2017/02/03 UP

“本格カスタードで簡単イチゴのタルト”

食べたくてたまらない!
ロンドンの下町で、花売り娘イライザ(オードリー・ヘプバーン)の下品な話し方を耳にした、言語学教授ヒギンズ博士とピカリング大佐は、彼女をレディに生まれ変わらせることが出来るか賭けをします。イライザは毎日発音の練習をし礼儀作法を叩き込まれます。ある日、上流階級が集う競馬場で社交界デビューするも、はしたなく叫んでしまい大失敗…。今回の料理はピカリング大佐が食べていたイチゴのタルト。イライザも貰えると思ったのに、最後のひとつをヒギンズ博士が小鳥にあげてしまい、がっかりしました。《続きを読む