『アイガー・サンクション』
数々の名作に出演し、様々な名キャラクターを演じてきたクリント・イーストウッド。 名優である一方で、70年初頭から監督業にも乗り出し、幅広いジャンルで傑作を送り出してきた名匠でもある。 そんな彼の“名匠”の部分にスポットを当てて、多くの監督作から厳選したものを1年にわたって放送していく大型企画「監督:クリント・イーストウッド」を、映画専門チャンネル“ムービープラス”で敢行中。 1月のオンエア・タイトルに選ばれたのは、イースウッドが政府諜報員に扮したスパイ・アクション「アイガー・サンクション」(75)。 44歳だったイーストウッドが、実際にアイガー北壁でのスタントに挑んだことでも話題を集めた、同作の製作背景などに迫りたい。
前作を超える大ヒットを記録した「ダーティハリー2」(73)。その脚本を手掛けたマイケル・チミノ(当初はジョン・ミリアスが執筆していたが、 制作から離脱した彼から引き継いだ)の才能を買ったイーストウッドは、彼が自分をイメージして脚本を書いた「サンダーボルト」(74)に主演する。 それまでに主演を飾ったものとは少し雰囲気の違ったニューシネマ風味の意欲作だったが、監督も務めたチミノの偏執的ともいえる完璧主義、自分よりも共演したジェフ・ブリッジスに向けられた高評価、 そしてなによりも興行的惨敗に、イーストウッドは打ちのめされることになる。
その結果、明朗活発な活劇に戻るべきだと考え挑んだのが、人気作家トレヴェニアンのベストセラーを原作にした「アイガー・サンクション」だった。 もともとは「スティング」(73)や「ジョーズ/JAWS」(75)の製作者リチャード・D・ザナックが、ポール・ニューマン主演で考えていた企画だったが、彼に断られたことからイーストウッドに打診。 マルパソを製作に加えることを条件に契約を交わし、監督を筆頭に全体の指揮を執ることになる。
そのなかでも、特にこだわったのがスイス・アルプスにあるアイガー北壁での5週間にわたるロケだった。 「限界への挑戦者」(89)など、自然を捉えたドキュメンタリーを得意とする映像作家マイク・フーヴァーをアドバイザーに迎えて撮影を敢行。 だが、ゴム製の岩を用いた落石シーンの撮影中に本物の岩も落下、フーヴァーのチーム・メンバーであった登山家デイヴィッド・ノウルズの頭に直撃する死亡事故が起きる。 中止するかいなかを何度も自問自答した挙句、イーストウッドは制作を続行。その事故も話題として公開されるが、アメリカでは「サンダーボルト」の興収900万ドルを下回る650万ドルしか稼げなかった。 活劇は活劇でも、自分には西部劇こそが一番似合うと悟ったのか、この後にイーストウッドは快作「アウトロー」(76)を手掛けることになる。
参考文献:
『クリント・イーストウッド ハリウッド最後の伝説』(早川書房刊)
ライター 平田裕介
レンタルビデオ/DVD業界誌の編集を経て、フリーランスのライター兼エディターとなる。
「キネマ旬報」「Tokyo Walker」他で執筆。メインライターとして書籍「80‘s DVDカタログ」
「キネ旬ブルーレイ」他を執筆。アクション、ホラー、ロックを守備範囲にして活動中。
